ワロタです。
みなさん今日もワロてますでしょうか。
8月も後半戦に突入しましたが、まだまだ暑い日が続きますね♪
……。
アツいと言えば!(カタパルト射出)
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【劇場版 機動戦士ガンダム 第1作】
ガンダムでしょと。
青い空、白い雲、青くて白い機動戦士。
日本の夏を体現したようなカラーリングのガンダムこそ、夏の風物詩と言っても過言ではないのです。
とまぁ冗談はさておき、
今回はガンダムシリーズの原点である「機動戦士ガンダム」その劇場版第1作の感想を語っていきやすよ。
前回の投稿にも書きましたが、ワロタはガンダムシリーズを全然見てない。
なんならちょっと前まで人が入り込んで戦うということも知らなかった。
シャアとアムロは分かる。(CMとかでよく使われるため)
ガンダムは分かる、ザクは名前は知ってるけどどれがザクなのかは分からない。
……というぐらいの認識でした。
今回の第1作目は予備知識が殆ど無かったので、逆にとても新鮮な気持ちで観ることができましたね。
さて、そんなワロタがガンダムを見て最初に思ったのは……
"戦争"すぎだろ
という事です。
私が最初にイメージしてたのは、
「悪の組織と戦う正義のロボット」とか、
「ロボットに乗り宇宙を旅する少年の冒険」とか、
そんな感じ。
しかし実際見てみると、ガチガチに人間同士の戦争が行われており、ガンダムをはじめとするMS(モビルスーツ)は彼らが操る兵器として表現されてました。
要は実際の戦争における戦車とか戦闘機みたいなもんですな。
登場人物や兵器の表面的な役割だけでなく、
物語内での描写なんかもかなり"戦争"です。
印象的だったのは物語冒頭で一般人が巻き込まれ、ホワイトベースに避難した後のシーン。
ガンダムに乗り込んでしまったアムロはもちろんですが、その他のメンツがかなりしょっぱい。
幼馴染のフラウ
向かいの家のハヤト
一般避難民のカイ
一般資格持ちのミライ
……。
終わっています。
しかしこの終わってる部分がまさにガンダムという物語の奥行きを広げていると言っても過言ではありません。
物語内ではこれらの人々が恐るべきスムーズさで戦闘に駆り出されます。
しかも全員年齢も10代とかなり若い。
艦長代理で威厳たっぷりに見えるブライトさんでさえ19歳て……。
まーいわゆる少年兵ってやつですね。
第一作目は特に、元々兵士ではないこれらの人々が戦いと向き合い、成長していく様が描かれます。
特にアムロくんはただの機械いじりが好きなだけの大人しい少年なので、この第一作では終始ウジウジしてます。
ロボットアニメの主人公と言えば、脅威に立ち向かい、仲間を率先して守る勇敢な人物像をイメージしますが、アムロくんは真逆です。
す〜〜ぐ不貞腐れます。
とてつもなく女々しい。
(いつも冷静なブライトさんもたまらずダイナミズム溢れる平手打ちを射出)
同じ境遇のはずのハヤトやフラウは愚痴も言わずに頑張ってるのに。
(まあ15歳の少年がなんのケアも受けずに前線で殺し合いをさせらてるので、不貞腐れるのも当然っちゃ当然ですが)
最初はこの辺で観る側のフラストレーションが溜まりますが、アムロが成長するにつれ、それはカタルシスに変わっていきます。
後半ではアムロの変化が如実に現れた場面があります。
それは地球での母親との再会シーン。
ホワイトベースで地球に降り立ったアムロは故郷の母親に会いにいきます。
途中、ジオンの兵士たちと一悶着ありつつもそれを退け、母親との再会を喜びます。
が、母親はジオンの兵隊に銃を向けたアムロを非難します。
「人様に銃を向けるなんて」
「こんな子に育てた覚えはない」
アムロは泣きながらその場を後にします。
当然です。
自分だって好きで人を殺している訳じゃない。
こちらがやらねば、自分が死ぬ。
それが戦争であり、自分はもうその渦中にいる。
それを愛する母親に分かってもらえなかったのだ。
(しかし、息子が急に戦争に駆り出されて変わってしまう母親視点の悲しさもまた、当然理解できます。)
そしてアムロに選択の時が訪れます。
このままホワイトベースに残るか、それとも母と故郷に戻るか。
アムロは迷わずに前者を選ぶ。
だって自分はもう機械いじりが好きで、虫も殺せないアムロ少年ではないから。
連邦の兵士で、ホワイトベースの一員で、ガンダムのパイロットとして仲間たちに必要とされているから。
ワロタ的には、このアムロの変化が第一作目の大きなヤマだったように思います。
さて、他にも赤すぎるイケメンことシャアや、渋すぎるイケオジことランバ・ラルなど、語りたいことはいくらでもありますが、流石に長すぎるのでこの辺で締めたいと思います。
次回は続編の「哀・戦士編」の感想です。
ではまた次回〜
笑おうや。



