私たちが守りたいものは… | DavidオフィシャルブログPowered by Ameba

私たちが守りたいものは…

『よく一緒に歩いてる小学生の女の子が
マンションの前であなたが来るのをずっと待っていましたよ?』
と同じマンションの住人に伝えられた

『スーちゃんと呼んで!』って僕に言ったのは
両親が海外ルーツの日本生まれの小学2年生の子

学校帰りに会うといつも10分くらい話しながら一緒に歩く

もー、とにかく純粋で!明るくて!一緒に話しててすごく楽しいです笑!

すれ違う他の小学生は『スーちゃん、この人知ってる人?一緒と歩いてていいのか?』という視線をいつも感じる

警戒心の強い小学生は僕に聞こえるように『防犯ブザーちゃんと持ち歩いてるよね?』と言う

すれ違う大人たちの目線は説明の必要はないだろう

だから本心を言うと、スーちゃんと歩くのは避けたい、、だけど
楽しそうにマシンガントークで話し続けるスーちゃんにはそんな事は言えない

たぶんあまり学校にまだ馴染んでない気も勝手にしてる

帰りの分かれ道でもなかなか帰してくれない笑

たまにウソをついて別の道で遠回りして帰ろうとすると…『私も今日その道』といってついてくる笑

小学生たちの警戒心はとても重要で感心する
僕が悪人かどうかは誰にもわからないのだから

大人たちの目線も子どもたちを守る犯罪の抑止力になる
警察のパトロールは1%もカバーできず、地域は基本、その地域住民が守るべきものだと思う

ここで『人権』が持ち込まれると本質が見えなくなる

ここで重要な事は、私という人間とこの一角のコミュニティとの繋がりの欠如なんだと思う

僕が何者なのかを誰も知らない
素性の知らない大人とよく知ってる子どもが話してる…

明確に守るべき者を守るための行動を
勇気を持ち寄って実行している

人権を取り間違えると、思いやりのエコシステムをあっという間に崩す危うさと力を持っている…

すべては守れないし、配慮もまんべんなくできない

思う事はあるが、
僕に警戒心なく話しかけてくるスーちゃんに心の中では『話しかけるの本当に僕だけにしてね、心配だから…』と思ってる

この世界は考え続けながら観察する事がとても重要だね

そしてときに痛みを進んで抱きしめる必要がある