道に生きるということ
おはよう~(^◇^)
寒っ
朝はまだ布団にくるまっていたい季節…
そんな思いをムリヤリ捨てて
自転車でお仕事現場に向かった

流れるアスファルトを見て走りながら、
菩提達磨という禅の開祖が「道」について話してたことを思い出した…
すべての人が、道を知っている。
わずかな人だけ、道を歩いている。
(達磨)
深いな~(^^)
道を歩くときいて
人生を歩くと思う人が多いかもしれないけど、
彼が言う道を歩くはもっと深い意味がある
禅や茶道をやる人はピンとくるかもしれないが
十牛図を知るとわかりやすい
この世的なもの
欲や我や妄念妄想、雑念、人為的なすべてを捨て去ると、必ず輝く神様のような自分自身の魂が現れる
それを観ただけ、知っただけでは悟ったことにならないと
ときどき一体化しただけでも本物じゃない
輝く神様のような自分自身を、魂とか自己本来の面目とか呼んだりするけど十牛図では牛に例えられている
牛を乗りこなしてるだけでもだめで、
牛に乗ってることをも忘れ、
利他の愛に生きること
それを目指す道すがらを「道に生きる」という
上手いこと言うやないかい(≧∇≦)!
禅のお坊さんだけじゃない
いろんな宗教家、経済人、
かつて肉体をもって生きていたいろんな偉人達が異なる表現で同じことを言ってる
深い…
じつに深い
誰かが話してた
人は御魂磨きのために生まれてくるんだと
御魂磨きが本業だから、それ以外の仕事や私生活、すべてはそのきっかけ材料にすぎなくて遊びなんだと
そっか
日常のすべてを通して今日も魂を磨こう
よしっ
