ガーナ旅行PART.11
彼に大丈夫かと話しかけたところ、
不思議な答えが返ってきた。
デビ 「大丈夫か?こりゃたいへんな事になったな・・・」
おじさん 「ああ、本当に困った。これから仕事をどうすればいいのか・・・」
デビ 「おじさん、俺らはここで野宿はごめんだぜ。」
おじさん「わかってる。なんとかする。それにこの事故は仕方のないことだ。
こんなことが起きるなんて私は知らなかった、神しか知らない。
私の責任ではない。神の意図である。私はどうすることもできない。
何が起きるかなんて誰も知らない。」
デビ・・・絶句
とりあえず無視でしょう(@_@)
まったく反省してない。
よくまあ、そんなことが言えたものだ(笑)
これは非常に興味深い瞬間だった。
というのはかなり問題発言になってしまうのだが、
でも
はっきり言って、神のみぞ知るという前に、
自分の今日一日の行動を見ればなぜ事が起きたかが
はっきりわかるはずである
。
しかし、神様にまかせてしまった・・・・
神のご意思だと言って物事を美化し自分の責任を神の意思に委ねる。
都合の悪いことはすべてそうなるのかなあ。
それに僕は宗教が好きでけっこう書物をあさる。
でも、僕は良くも悪くも無宗派である。
ただ単に神の意思と言った彼にどんな成長があるのだろうかというのが
僕の率直な意見だった。
物事いろいろな見方がある。
例えば世界中で起きている戦争の多くは宗教戦争だと言われている。
しかし、角度をちょっと変えてみるとこんな見方もある。
歴史上、宗教戦争は存在しない。
あらゆる争いの背景にあるのは、構造的差別と経済格差。
簡単に言うと、いろんな人が一部の人の私欲のために苦しみ、
命を投げ打っている。
階級的に上の席に座っている人間は教養が備わっていて宗教的を意外と
軟らかく見解している。
ただ、彼らは下位に存在する人間の多くが宗教に固執しているということを知っている。
だから操りやすい。
僕ら日本人は比較的に宗教に固執してない文化圏にいるから、
ピーンと来ないけれど、貧困が深刻化してる国に行くとわかることがある。
神だけが最後の望みなんだと。
すべての人が、宗教と教養のバランスを持った考え方を持てばなあ・・・
と思ったりもするが、現実はね。
うん・・・。
そういうこと。
どういうこと?
うん。
だから、オサマ・ビンラディンは個人的な恨みを神の意思だとし国民をあおり、
ジョージ・ブッシュも、石油の利権欲しさのために、神の名を出し、イラクを攻めた。
う~ん、なんてステキな世の中なのでしょうか・・・
神様もたまったものじゃありませんね。
大迷惑です。
というのが僕の考え方。
変な話しだけど、逆に日本は宗教が影にあり過ぎかも。
基準はないけど、海外から日本を見るとよくわかるかも(ノ_・。)。
僕自身は無宗派だけど、宗教の本はけっこう好き、
人間の倫理観や道徳心を養うのにとてもいいと感じたから(‐^▽^‐)
2000年以上続く宗教は、それだけの時間、人に頼られ、
信じられてきただけの真理があるのはたしか。
どの宗教も良し悪しがあるけど、偏ってもいるが、
人生を変えるだけのことはどの宗教の聖書にも多く書かれている。
だから、読む価値はあるかなと思う
なんかお硬い話しになったなあ。
聞かなかったが、身なりや話の内容から100%、モスリム(イスラム教)だと思った。
もともとガーナの北にはモスリムが非常に多く。
朝早くから、中東のようにスピーカーでおそらくはコーランかな?
を読み上げている。
宗教の中に完全に生きてる。
それはすごいことだと思う。
車は・・・
おじさんの姿は、そこにはなかった・・・・
少し不安を覚えた。
そんな僕を無邪気に一人の少年が見ていた
なぜか彼がやけに強く見えた。
この大地で育った彼におびえる静かな夜はないのだから。
どんなに人が入り乱れている駅のホームにいても、僕らはたいがい
取り乱すことがない。
だけど、そのホームで必死に誰かの助けを求めている外国人はたくさんいるように。
明かりのない一帯は100メートル先まで見えるか見えないかくらい
闇に包まれた
難しい宗教話しを一人頭の中でパズルみたいに組み合わせながら、
ブッタのようにしたかぶっちゃった(笑)
これは俗に言うオヤジギャグかな( ̄▽+ ̄*)。
この時危機感はあまりなかった。
つづく・・・・








