ガーナ旅行PART.7 | DavidオフィシャルブログPowered by Ameba

ガーナ旅行PART.7

クマシは確かにアクラくらい忙しい街だった。






でも何か雰囲気が違う。




これは言葉にできないが、たしかに何かが違う。






正直なにかアクラより爽やかに思えた。









聞いた話しによるとアプスケレンケのお父さんはここのどこかで仕事をしてるらしい。




しかしこれだけ広いとまず見つからないな(笑)




バスが出発するまで30分。








この街もおおい感じにいこうということになったものの、迷子になってしまいそうで、バスもきっとちゃんと数を数えることもしなさそうで不安だったから近場を散策。




この街はゆっくり時間をかけて次回またガーナに来た時にゆっくり遊んだ方がよさそうだ。




少しもったいないきもちを残しながら僕らはクマシをあとにした。








それからまた3時間くらいして静かで小さな町に降りた。




バスが着くと競うようにして食べ物やアクセサリーを売る人が津波のように押し寄せてきた。




きっと彼らの収入源のほとんどがこういった北へ向かう旅の途中でここを経由する旅人なのだろう。




つかの間、この小さな町の繁華街は活気を生んだ。










バスをおりて一度お手洗いを覗いたがとてもじゃないが小さい方にしても、大きい方にしても、野原を迷いなく選びたくなるような状態だった。






しかも終わるとバケツに水を汲み、水を注ぎながら流していくと言う作戦だ。






完全日本育ちの僕はトイレは妥協できない。






それって妥協か・・・?






インドでもまれてきた瞳とノーマは、それでもインドの方が汚かったと思うと言っていた。






想像する気にもなれなかった。












雑談・・・ロケット       UFO        ロケット        UFO






この旅のさらに二年前にもガーナに帰ってきていた。






その時が僕が日本に来て依頼初めての帰郷だった。




その旅での気持ちをそのうち書くが、この旅より深く考えさせられるものが多かった。




もちろんこの旅も充分そうだが、一人でガーナに乗り込んだから考える時間が十二分にあったのだ。




ある時、いろんなわけがあって、人の家に泊まることになった。








とある知り合った夫婦が住んでいる家だったが、彼らがいなかったらその時は夜を過ごす場所も金もなかった。




声をかけてくれたのが彼だったが、今でも感謝してる。












要するに、その町では公共のトイレがあり、オーナーがいるわけです。




シャワーも付いていて(もちろん、シャワー別室)使う時にお金を払うシステム。




シャワーはわかるんだけれど、なぜトイレまで?




と思う人も少なくはないはずだ。








トイレは大きい方のときにお金を払うことになるんだ。




要するにトイレットペーパー代。




しかも少量・・・




足りるわけないだろうヾ(▼ヘ▼;)












と思った僕は追加で紙を買った。




中に入るとそれは汚かったさっ




洋式だったが・・・座椅子がなかった






要するに究極のキープです。




そのときの筋肉の緊張感といったら






ミリ単位でのキープ・・・少しでもずれるものなら・・・










でも何が辛かったって   クモですよヾ(。`Д´。)ノ   蜘蛛ビックリマーク




ディスカバリーチャンネルが取材で来ちゃうんじゃないかというこらいのサイズ!!




それは言い過ぎた(笑)




でも普通に大きいよにひひ




しかもたくさんいるの・・






でね、僕は大のクモ嫌い・・・。




だから、一番きれいな場所を探すんじゃなくて、クモの巣のポジションで使うトイレが決まるんです。






本当にしんどかったです。








その夫婦の家には3日間泊まったからだいぶ苦労しましたよ。




味わったことがあるだろうか、これからお手洗いにいくのに覚悟がいりますからね(笑)






あぁ、今でも充分に笑えるよ(。・ε・。)。








もちろん、その後はすべての苦しみを取り除くために、シャワーですよ。




雑談終了ロケット         UFO         ロケット           UFO    












少し散策してると、ある老人夫婦が会釈をしてくれた。






おじさん「君たちはどこから来たんだね?」






そのあまりにもきれいな英語に僕らは絶句した






デビ「おじさん、ガーナ人?」






おじさん「そうだ、」






瞳「でもなんでそんなに英語がきれいなの?みんなガーナのなまりがあるのに・・・」






おじさん「アメリカで20年ほど仕事の出稼ぎで行ってたんだ」










___お互いの話しをする___








やがておじさんはガーナの政治や未来についての話しをアツく語りだした。




このときは違和感を覚えただけで終わったけれど、






彼ともバイバイをして、バスが出発して夜が訪れる頃に僕はふと思った。






彼は確かに改善すべき点をいろいろと言い当ててたと思う。






だけれど、なぜ自分でやらないんだ・・・・










なぜか、みんな自分のことばかりだけを考えているように思った。






国に関係なく誰だって多かれ少なかれそうなんだけれど、




僕もそういうところあるし






でも無駄にというか・・・








バスの遅刻の時も、ステーーションスタッフのたいよう


運転手も到着したらしたで謝らないし、




なんであの時喧嘩してたんだとろうと思ったらなんと




朝から待ってた男を止めて、今さっき来たばかりの美人を先に通したり、その男に理不尽な態度をしたり




ようするに心ある人たちが運転手に教えてあげたのに、強行手段をとったわけです。






ここでのおじさんとの出会いもよかっただんけど、ガーナのことも海外任せ。






運転手はただのバカだったとして、




ある意味ガーナも植民地的な考えがまだある。




自分たちで変えていこうという考え




がまだ少ない。




アフリカの中でも






すごく可能性の秘めた国なのに・・・











愛国心というものを持ってる人が少ないというのが僕の感想。




じゃあ、日本は、正直今の日本もわからないけど。。。




でも、あきらめてる気がするんだよなあ。




というのがその晩思ったこと。







もちろん、ステキなところ、僕らが見習うべき素晴らしいところはたっくさんあるけどねо(ж>▽<)y ☆




最高に楽しい人、温かい人の優しさにも幾度となく触れた。。






援助が何のための援助になるべきかを考えさせられました。








お金で解決しても、次の世代にはなにも受け継がれていかないんだね。








良さも悪さもよく見える。








その人間らしさがすてきなこの旅はさらなる崖っぷちへ僕らを誘うことに。