青の入院・後半 | でびこの毎日編み編みちくちく

でびこの毎日編み編みちくちく

とにかく毎日編むか羊毛チクチクしています!
今は震災遺児支援「Think of JAPAN while knitting」に参加し
東京取りまとめをしています。
東京近郊でモチーフtogetherも毎月開催中!!

かぎばり編み認定講師の資格をとりました♪

たくさんの方にご心配いただき、温かいお言葉、元気づけられるお言葉などいただきました。

ありがとうございました。
どんなにか心強かったかしれません。


先日、おかげさまで無事退院しまして、現在はまだ自宅で安静にしてます。
元気ではありますが、何せ15日間ほどベットの上だけの生活。体力・筋力も衰えています。
薬のせいで免疫力も落ちているそうで、しばらく人の多いところは行けません。


この息子のかかった川崎病という病気、私自身名前だけは聞いていたものの何も詳細は知りませんでした。
でも、息子がなってから「うちの親戚の子も小さいときになっ」「保育園のお友達がそういえば・・・」などという話題になり、けっこうかかっている方が身近にいることがわかりました。直接の知り合いではなかったから情報としては入ってこなかったのでしょう。

入院中も、次々と同じ病気の子が入ってきましたので、まぁ大きい病院だったのもあるでしょうが結構かかる子の多い病気なんだと改めて知りました。

なので、特に詳細に記録をつけていたわけではありませんが、これからかかってしまって、私のように「川崎病??なに?」と調べまくる親御さんがちょっと安心してくれたらいいなと後半の様子も書きますね。


一週間を過ぎたあたりから見た目はだいぶ元気になりました。
ただ、血液検査の数値的には血液の炎症の度合いを表す白血球の数などがまだ高く、要観察ということで退院はできません。

親としては素人目に熱も下がってだいぶ経つし食欲もあるから自宅でもいいのではと思いますが、症状が治まっているのは薬や点滴の効果で、薬を減らしてみた時にまたぶり返さないか、またこの病気の一番怖いところは心臓に後遺症が出るのが症状が出てから10日ほど経ったあとだということ。
それは見た目にはわからず、エコーで検査して心臓や血管に血瘤がないか注意深く見なくてはなりません。

この、心エコー検査、妊娠した時にお腹をゼリー状のものをつけてグリグリやるあれです

決して痛くはないし、じっとしてたら5分くらいで終わってしまうものです。
息子は、最初に病院に来た時にママから引き離され、血液検査や点滴の針の装着など彼にとっては恐ろしいことを次々とされたので、看護士さんや先生をものすごく警戒し、この心エコー検査も嫌だと暴れ、ちゃんと検査ができませんでした。
暴れなくても泣いてしまうと肺が動くので心臓部分が隠れてこれまた見ることができません。

入院9日目に大事な検査だからと座薬で睡眠薬を投与。寝かして検査することになりました。しかし、いったん寝ても検査に向かうときに起きてしまい朦朧としてるから余計にぐずり、もうひとつ座薬を追加されたにも関わらず結局泣いて検査がちゃんとできませんでした。

その後、看護士さんや先生が何人も彼に話してくれ、絶対に
痛くしない切な検査だからじっとしててねと、それをしないとおうちに帰れないからと根気強く説得をしてくれました。

そして一週間後の再検査では、好きな「みっけ!」の本で間違い探しをしながらじっとしていることができたのです。

この人ゴネだしたら引っ込みがつかず絶対ゆうことを聞かないタイプと私自身もあきらめていましたが、「なんだ!根気よく説明したらわかるんだね!」と新しい発見でした。

同じように薬を飲むのが苦手で、毎回看護士さんの説得もむなしく最後には注射器のようなので無理やり飲まされ、鼻をつままれて飲んでいたガーン
時にはブーーーーっと看護さんの顔に吐き出したりして・・・。

大事な薬だったから仕方ないし、看護士さんいわく大人でもいやな感じの苦さがある薬らしいのですが、これはどうしたものか・・・今後退院してもしばらく続くのに毎回こんな風にしないといけないかなと思っていました

しかしこれも10日くらいたったころ、なんと彼から「ゼリーに包んでカルピスで流し込む」という妥協案が提示され、その後ゴネことなくすんなり飲めるようになったのでした。

親としても、「この人は納得するまでに時間がかかる子なんだ。嫌だと言ってる間も実は彼の中ではいろいろ考えていて、納得すればできる子なんだ」ということがわかったのでした。

これは看護士さん達が使う使い捨て手袋を風船にして「青くんがんばってえらかったね」と先生が書いてくれたもの。誇らしげべーっだ!


食べ物の持ち込みは許可されていなかった為、最初の頃はあれが食べたいこれが食べたいと泣いて抗議していました。
これも一週間を過ぎた頃から諦めたのか受け入れたのか、言わなくなりました。
代わりにお昼ご飯を食べながら「夜ごはんは何だろうね」と。
食べることしか楽しみがなかったもんね(´_`。)
でも毎食残さずきれいに平らげていろんな人に褒めてもらえましたw

基本的にベットの上と病室内しか許されず、この上でできることを二人であれこれ探して楽しむように。
お見舞いでもらった図鑑を一生懸命読んでいます。

ベット全部を使ってこんな事も。

字は平仮名もカタカナも読めたけど、書けはしなかったのでこの際練習を。
「あ」が難しかったけど練習して書けるようになりました。
時間はたっぷりあるので(;^ω^A




プレイルームからおもちゃを借りてくることはできたので、
たまにはおままごとw
嫌いじゃないです。

途中から同室になった同じ病気のMちゃんと仲良しに。
アイロンビーズを一緒にやらせてもらったり、すごろくをしたり。
この日はたまたまおんなじTシャツでラブラブカップルのようドキドキ
嬉しそうだったのに、Mちゃんのほうが先に退院してしまい自然消滅ハートブレイク
また外来で会えるかな。


夜は8時に消灯。
入院前は11時就寝の宵っ張りだった彼も、すっかり早寝早起きが習慣に。
この日はキョウリュウレッドと。
寝たあとに彼を置いて帰るのがほんと切なかったです。
でも、後半は帰らないでとは言わなくなりました。
「朝、早く来てね」と。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



川崎病の特徴の一つ。↑
初期に手や足、または全身に発疹がみられ、治ってくると皮がべろべろ剥ける。
青は発疹は体にも足にもありましたが剥けたのは手だけでした。剥ける時は痛くもかゆくもないみたい。