前職で辞めるスタッフがいたので挨拶に行って来た。


20人くらいのスタッフほとんどがその日にいた。


元同僚たちも2年ぶりくらいに会って


懐かしんでくれたので嬉しかったウインク



約15年勤めた職場だった。


辞めた理由は



「このままじゃアホ店長に殺されるゲロー


と思ったからニヤニヤ



全く仕事のできない店長で


威張ってる割に


「どうしたらいいと思う?」


といつも聞いてきて


「こうしたらいいんじゃないですか?」


と言うと


「でもさー。それって…どうなの?」


と一度反論して否定しておきながら


わたしの意見をそのまま使う人だったゲロー


自分では仕事をしない。


パートスタッフに全てやらせる。


そして極め付けに


「◯◯さんが辞めるんだけど、どうしたらいいと思う?困っちゃってさぁ笑い泣き


と泣きついてこられたので



「あ、わたしも辞めますから真顔


と即答したニヤニヤあせる



ずっと考えてたことだけど


まあ、とどめを刺されたって感じだった。


ただでさえ人が少なくてしんどかったのに


さらに人が減るって…あせる


スタッフが減ったらどう仕事をしていくか…


そんなことは店長が考えること。


わたしに意見を求めるのは筋違い笑い泣き


このままじゃ、絶対に過労死チーン


わたしももう続けられない。




それでもそこの仕事は楽しかった。


売り場のレイアウトから仕入れから


担当制で自分たちで考えた。


売り上げも自分たちでチェックして


翌月どうしたらいいか考えて実行した。


自分が担当してる売り場の売り上げがアップすると


ほんとに嬉しかった。


マーケティングの本とか読んだりして


いろいろと勉強もした。


家に帰ってパソコンで資料も作ったりした。


それをもとに社員に提案したりしていた。


結果を残せば一目置かれる。


注目されると


その期待に応えたいと思う。


自分のキャパを超えて頑張ってしまうから


大きな病気を何度もした。


胃と肺にそれぞれ穴が空いたあせる


乳がんにもなった。


更年期がひどくて全ての関節が痛くなり


ボールペン🖊を持つのもつらかった。


それでもその時は仕事が楽しかったので


痛みを我慢できた。


仕事を再開できたことが嬉しかった。


そんな自分ってかっこいいと思ってたのかもしれない。




でも、そんなパートなんて社員はいらなかった。


自己主張の多いスタッフはただ面倒だったと思う。


スタッフの総意だからと言って


店長と喧嘩したこともあるニヤニヤ


そんな生意気なパートなんて


目の上のたんこぶだったと思う。



その当時は正義感にかられ


自分が言わなければ誰が言うんだ!と


常に気を張っていた。




そういう同僚を他のスタッフはどう思っていたんだろう。


面倒だなーとは思っていたと思う。


仕事なんてお金をもらえれば


そんなに肩に力を入れなくても…と


引いてる同僚もいたと思う。


そんなに頑張っても何も変わらないのに…


と笑ってる人もいたと思う。




でも辞める日に


みんなからの動画をもらって


「いつも理不尽な上からの攻撃を、盾になって壁になって守ろうとしてくれてありがとう」


という言葉をもらって泣いた悲しい




あの頃のエネルギーは今はない。


今はペーペーの下っ端っで


先輩スタッフの陰に隠れてるニヤニヤあせる


それがわたしの今の立ち位置だと思ってる。


何人かいるお局様と正面から張り合おうなんて


全然思ってない。



…ほんの少し仕返ししてやろーくらいは思ったりはしているけど笑い泣き




でも


あの頃


あれだけの熱量で仕事できたことは幸せだった。


今でも会えば駆け寄ってくれる仲間とも出会えたし。


今でも連絡取り合う同志もいるし。


わたしの人生で


身体を痛めつけてまでも頑張ってた15年は


無駄ではない経験だった。