母のことをじっくり思い出したことはなかった。


ゆっくり母の思い出に浸る時間もなかったのもあったけど


やっぱり思い出したくなかったというのがほんとかも…


母が倒れた時のことを思い出してしまうので


それからは救急車🚑を見ると胸が苦しくなった。


避けていたけど


今回は思い出せるだけ思い出してみようと思った。


お母さんってどんな人だったっけ…





1時間半くらいして


妹が高速を飛ばして着いた。


来なくてもいいよと言ったけど


本当にホッとした。


良かった…


わたし1人じゃない…


そう思ってホッとした。



妹と合流してから誰もいない実家に行った。


ただ…この時の記憶があまりない。


情景が浮かばない…


これからどうしたらいいか…話したと思う。


父にももう一度電話したと思う。


だからと言ってどうすべきかの結論は出なかった。




母はたぶん長くこの病院に入院することになるだろう。


運良く実家からは近い。



問題は父のことだった。


この時はたまたま急性腎炎で入院していた父。


1年に何度か発熱し


何度か入院している。


そんな父は1人では生活はできない。



父はインシュリンさえ使ってなかったけど


進んだ糖尿病。


さらに慢性腎不全という病名。


大腸癌になり


手術の時に直腸と膀胱を切除した。


そのため、身体には人口肛門と人口膀胱が付いている。


糖尿病から目も悪くなってしまったので


身体に付いてる2つの袋は1人では付け替えられなかった。


(目が良く見える人でも大変な作業だと思う悲しい)


母が苦労して父の身体に合ったストーマ(袋)を見つけ


何年もかかって


やっと便や尿が漏れないように取り付けられるようになった。


そんな母が倒れたとなると


父の身の回りのことをやる人がいなくなってしまった。


途方に暮れた…



とりあえずは父には入院していてもらおう。


父のところに来てくれていた


かかりつけの病院の訪問看護師さんに連絡した。


母が倒れて入院したこと。


今、父が退院しても世話する者がいないこと。



訪問看護師さんは母とも親しかったので


とても親身になって一緒に考えてくれた。


ケアマネさんにも連絡してくれた。



母や父の妹弟にも連絡した。


母が1番仲良くしていた2人の友達にも連絡した。


みんながショックを受けていた。


それぞれが母の見舞いに行きたいと言ってくれたので


日にちを合わせて


病院で落ち合おうと話をした。




父が心配しているのと


母が毎日父の病院に行っていたので


この日も妹と父の必要なものを持って父の病院に行った。


父もさぞかし不安だろう。


母のように頻繁には来られないけど我慢してねと伝えた。


父は退院したいと言い出した。


母の見舞いに行きたいと。


退院は無理だよ…


お父さんのお世話をする人がいないじゃん悲しい



妹と話をした。


わたしか妹が父を引き取り


母も側の病院に転院させるのか…


父は施設に…母はリハビリの病院に入ってもらうのか…


どうしたら1番いいのか…と頭を抱えた。


でも…


妹は3人子どもがいて


末っ子がまだ小学生だったので


父の世話までは無理だろう。


そうなるとわたしだなぁ。


でも


3LDKのマンションは狭すぎる…


そうなると施設を探すのか…


父は絶対嫌がるだろうな…


実家が大好きな父だから…



母が倒れた日。


命は大丈夫と言われたから


父のことで頭がいっぱいになった。




その次の日から


1日おきに母の見舞いに行った。


混んでれば往復で4時間かかる。


母が心配だから…


もっと早く見つけてあげられなかった後悔もあったから。