わたしがフルタイムになったのはいつだったんだろう…
働き出したのは長女が6年生で次女が3年生の時。
その頃は14時上がりで週4日くらいだった。
元ダンナの会社も順調だったし
わたしがしゃかりきに働かなくても良かった。
わたしがフルタイムで働いて
社会保険に加入したいと思ったのは
やっぱり元ダンナの2回目の浮気が発覚してからだったと思う。
この時は感情的になって離婚するしかないと思った。
離婚届けも書いた。
離婚すれば自分がしっかり働かないとダメだから
その当時のパート先に申請した。
社員の話もあったけど
その会社の社員にはなりたくなかったので![]()

フルタイムで社会保険加入でお願いした。
初めてわたしだけの保険証をもらった時は
なんだか嬉しかったなぁ…
その時、離婚は回避したけど
その後に大学費用がかかるので
必死で働いた。
その職場10時から19時までの勤務だったので
家に帰るのは20時近くに…
そこから夕飯の支度して…
子どもたちもすっかり遅い夕飯になってしまって…
今思い返すと
娘たちにはいろいろな我慢もさせたなぁと思う。
フルタイムになった時は
元ダンナとうまくいってなかった頃だし
精神的にも常にイライラしていたと思う。
男の人は何の時も基本生活は変わらない。
奥さんが妊娠しようが…子どもが生まれようが…
幼稚園だろうが…小学校に上ろうが…
そして、妻が働くことになろうが…
朝出勤して夜帰ってくる。
帰って来ればご飯はできてるし
お風呂も入るだけになってるし
あとは寝るだけ。
妻は働き出すと日常が大きく変わる。
働きながら
子どものこと…親のこと…老犬もいた…
掃除、洗濯、食事の用意も働きながらやるしかない。
どれかにしわ寄せができてしまったりもする。
そんな時に自分が入院してその後手術した時…
「入院なんてしていられません‼️」
って先生に言ったっけ…![]()
👨🏻⚕️「死にますよ‼︎」
って怒られたなぁ…![]()
何もかも1人でやろうとしてたから
全てが停止した時に
本当にパニックになった![]()
入院した時は職場にもたくさん迷惑かけたけど
実際わたしがいなくても仕事は回るし
父の介護も老犬の介護もなんとかなった。
娘や妹やヘルパーさんたちに助けてもらった。
日常が変わらなかったのはダンナだけだったなぁ。
元ダンナはいつも通りに出勤して
家のことは娘たちがやってくれてた。
退院の時は長女が初心者マーク🔰で迎えにきてくれた。
手術痕が痛むけど…怖さの方が優ったっけ![]()
主婦がフルタイムや社員で働くことを決める時
ほんとにいろんなことを考えなければならないし
家族にも多少の我慢や協力が必要になってくる。
一大決心なんだ。
そんなことを思い出した。
今日もフルタイムで社会保険加入を決めたスタッフさんが
「疲れた〜
」
と言ってた。
わたしより10歳も若いけど
慣れるまでは疲れるよね…
頑張って‼︎