Deviです
私ね
ずーっと ずーっと
貧乏は恥ずかしいと思ってた
本当につい最近まで
これだけはなかなか手放せなくて
あんまり見ないようにもしていて
そしたらね
しょっちゅう家の近所でボロボロのいつも同じ服を着たおじさんに頻繁に会うようになった
お金のブロックを外す話をブログで書いてるにも関わらず
一番自分がお金にネガティヴな色をつけて
怖がってた
だからおじさんに会うたびに心がザワザワして
こんな風になりたくない
かわいそう
誰にも助けてもらえないんだ
って勝手にジャッジして
どうにか会わない方法はないか考えれば考えるほど
会う!
嫌悪すればするほど会うのが頻繁に
でね気づいたんだよね
私はその人に
貧乏になって家族から見捨てられた父親を投影してた
って
お金が無くなって
アルコールに溺れて
鬱になって
認知症になって死んじゃった父親を‥
惨めな晩年で誰からも相手にされず
話し相手もいなかった父親
私は弱くて家族を守れなかった父親を憎んでいたし
同時に何もしてあげられなかった罪悪感と
かわいそうだったという哀れみの気持ち
そんな相反する気持ちを抱えながら
貧乏は恥ずかしくて惨めなんだっていう思い込みを無意識に持っていたの
意識してないから
お金を稼ぐ動機が
貧乏になりたくないから
稼ぐ
表面的には
やりたいことをして 楽しく稼いでいるつもりだったのに
本当はもの凄いネガティヴな動機だった
それだとお金が無くなってきて焦るっていう状況からいつまでも解放されないんだよね
どうりでうまくいかないはずだ
貧乏は恥ずかしい 見捨てられるっていう思い込みを手放さない限り
全てをお金のせいにするし
お金を遠ざける
そして父親の愛を永遠に受け取れなかったと思う
私の家族はお金が無くなったからバラバラになったんじゃなくて
それぞれの心やそれぞれの自己否定感が悲しい結果を招いただけ
そしてお金も誰も悪くなかったんだということ
全員が愛を受け取ったり 与えたりが上手くできない不器用な人間だったから
貧しいから恥ずかしいんじゃなくて
心がやせ細っていたから恥ずかしかった
そのことを近所のおじさんは気づかせてくれた
そして父親を見捨てて出て行った母親も
本当は見捨てたんじゃないってことも何となくわかった
その証拠に今でも父親の話をするとき
憎しみ半分 愛情半分で思い出話しているように見える
愛情の形は人それぞれ
そんな風に今となっては曇ったメガネで見なくなった私は
お金があっても なくても
どちらでもよくなった
なぜなら
どんな私でも私は私を見捨てたり
恥ずかしいなんて思わないから
幸せになるヒントは身近で気づいてもらうのをまっている
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