文字通り師走の忙しさの中、皆様のブログはいつも楽しみに拝読しておりましたが、執筆の方はご無沙汰してしまいました。これから年末年始の時期、また慌ただしくなるかと思いますけれども、引き続き宜しくお願いいたします。
「近代化」や「自由化」、国際的な「開発」の問題や「資源」の問題に関する箴言の備忘録
第9章 ユーラシアの内陸諸国をめぐって
1.21世紀のシルクロード
「人間にとっての課題」とでも言うべき事柄の話は暫く措き、現実の「開発」の一端を、内陸アジア諸国をめぐる動向から窺ってみたい。内陸アジア諸国というとき、当面大まかに、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/europe/ca_kiko/ に見えるような、いわゆる旧ソ連中央アジア5か国、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンおよびモンゴル(国名はいずれも日本語慣用表記)を想定し、更にその近隣諸国も適宜視野に入れる。話を「近隣」まで拡大すると、当然「内陸」という条件を外す必要も生じるが、ここでは便宜を優先させて話を進めたい。また、これらの諸国に関係を持つ国という意味で、米国や日本等も登場することになる。
(1)米国の視点
地域の内情に接近する前に、国際関係上の大局観を得るため、米国がこの地域をめぐってどのような関心を抱き、またどう捉えてきたかを、先ず見ておきたい。1997年に出版され、この分野では既に基本書の部類に入ったと思われるブレジンスキーのThe Grand Chessboard(『地政学で世界を読む』(山岡洋一訳))を素材とする。
第2次世界大戦直後比肩するものが無かった米国の経済規模は、GDPで見ても相対的にはかなり縮小してきた。2020年頃には「ヨーロッパ、中国、日本がほぼアメリカとおなじ水準になり、アメリカの比率はおそらく10~15%まで下がる」[1]と推測する向きもあり、現状でも図表9-1の通り、概ねその趨勢にある。
ブレジンスキーは、経済規模において斯様に相対的に縮小していく米国が、今後数十年間、どのような対外政策を遂行すべきかについて、提言をまとめている。当然のことながら、米国の国益を最優先とする考え方である。
先ず状況認識としては、大要次のように言う。
「大国の地位の追求や実際の力の行使に伴う経済的コストと人的犠牲は一般に民主主義の感覚に合わないため、ポピュリズムの民主主義国が国際的覇権を獲得した例は過去にない。しかもアメリカは文化の多様化が進み、外部からの直接的脅威に国民が身をもってさらされない限り、外交政策で世論を一致させるのは困難である。確かに冷戦が終わり、アメリカが国際問題に関与する度合いを減らせるとの見方もある。また、国際機関が世界を管理する時代が来たとの見方もある。しかし現実には、冷戦終結によって合意と調和に基づく新世界秩序が出来あがるどころか、当面、戦争も時代遅れのものにはなりそうにない。恵まれた国には多大な損失と自滅を恐れるゆえの抑止が働くが、人類の三分の二を占める貧しい人たちにこうした自制が働くとも思えないからである。したがって世界全体が比較的平和な時期は長続きしない可能性がある。しかも消費を重視する文化によって物質面の期待が煽られているにもかかわらず、経済成長ではこの期待の高まりを満たせない。」[2]
そしてこのような認識を覆すための基本的政策提言として、大要次のように述べる。
「アメリカの第一の政策目標は、アメリカの支配的な立場を少なくとも30年間、出来ればそれ以上、維持することである。換言すれば、世界が無政府状態に陥るのを避けること、また、アメリカの覇権に挑戦する新勢力の登場を阻止することである。そして第二の政策目標は、第一目標と表裏一体のものであるが、地政上のしっかりした枠組みを作ること、換言すれば、長期的には世界覇権を国際協力体制の枠組みに徐々に変えていくことである。」[3]
原書が出版されて約4年後の2001年9月11日のテロ事件以降、アメリカや国際社会の動きがどのようなものであったか、それを踏まえて上掲のブレジンスキーの見解そのものを検討してみたい面もあるが、ここでは逸脱を避けよう。ただ、日米の安全保障協力の意義についても語るところの多い『防衛白書』には次のようなアメリカ像が描かれており、事実としても、わが国をはじめとして多くの国がアメリカの世界戦略に包摂されていることは、周知のことながら直視しなければならない。
曰く、アメリカは「もはや地理的条件によって直接攻撃から免れるわけではないことを認識し、本土防衛を国防の最優先事項とするとともに、海外においても米国の安全と行動の自由の確保、国益を重視する現実主義的な姿勢を示している。一方、テロとの闘いにおいて各国に支持と協力を求め、歴史上最も広範な対テロの国際的連帯の形成に努めるなど、同盟国・友好国との間におけるコアリション(連合)の形成を重視する姿勢を示している。」[4]
さてブレジンスキーは、ユーラシア大陸を主として4つの地域に区分する。すなわち、EUの領域にほぼ重なる「西部」、ロシア連邦や旧ソ連の一部から成る「中央部」、トルコおよび中東からインドに至る「南部」、そして日本や中国および東南アジア諸国などから成る「東部」である。[5]
そしてさらに二つの特殊地域を設定している。
一つは「ユーラシア・バルカン」(the Eurasian
Balkans)である。これはユーラシア中央部、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジア、アフガニスタンの9箇国から成る。
この地域は、その名の由来するバルカンが、かつてヨーロッパの覇権抗争で地政上の目標となっていたように、現代において、近隣各国の安全保障や積年の野心に基づく利害関心が交錯する地域とされる。また、それに加えて、「中央アジア、カスピ海周辺は天然ガスと石油の確認埋蔵量がクウェート、メキシコ湾、北海をはるかにしのいでいる」として、本家のバルカンとは比較にならぬほど経済的価値を有する地域であると見ている。さらにこの地域の特徴として、ソ連崩壊後の「力の真空地帯」(power vacuum)であることも挙げている。[6]
二つ目はユーラシア・バルカンを多少拡張した地域で、「紛争多発地域」(the Global Zone of Percolating Violence) ないし「不安定地帯」(the Zone of instability)と捉えられている部分である。すなわち、トルコから始めて時計回りにグルジア、ロシア連邦南部国境、カザフスタン、中国新疆、パキスタンおよびインド西北部、そしてアラビア半島全体という楕円によって包摂される地域である。この地域は「人口約4億人、25の国があるが、どの国も民族、宗教が入り組んでいて、政治的に安定しているといえる国は事実上、ひとつもない。」とされる。[7]
【脚注】
[1] ⅰ)ズビグニュー・ブレジンスキー『地政学で世界を読む』(山岡洋一訳)333頁・日本経済新聞社・日経ビジネス人文庫(2003)
ⅱ)Brzezinski, Zbigniew 1997: The Grand Chessboard. p.210, New
York: BasicBooks
[2] ⅰ)ブレジンスキー(前掲書)334~338頁
ⅱ)Brzezinski (1997) pp.210-213
[3] ⅰ)ブレジンスキー(前掲書)77,339~340頁
ⅱ)Brzezinski (1997) pp.214-215
[4] 『防衛白書』(平成16年度版)18頁
[5] ⅰ)ブレジンスキー(前掲書)68頁
ⅱ)Brzezinski (1997) p.34
[6] ⅰ)ブレジンスキー(前掲書)205~207頁
ⅱ)Brzezinski (1997) pp.123-125
[7] ⅰ)ブレジンスキー(前掲書)96~97,206頁
ⅱ)Brzezinski (1997) pp.52-53, 124