今夜の夜勤は、動きを止めて一呼吸入れる時間すらなかった。
『今日はこう言う日だ。』そう思った。なんの連鎖なのか、こんな日はみんなが連動して眠らない。
私はまるで施設の中を泳ぐ回遊魚のように、次から次へと鳴るコール、センサー、定時のパット交換を連鎖の流れに乗ってこなした。
今夜、特に際立っていたのは、5分から10分おきにむっくり起き上がり、「今何時?」と私に聞く安田まりこさん(仮名)だ。
転倒歴があるため、センサーが作動し起き上がったことがわかれば、かけつけることが必須だ。
私の受け持つ個室20人のうち8人にセンサーがついている。
誰かの介助中にセンサーが作動すれば、介助を中断しとにかく走る。
センサー同士が重なることも少なくないので、危険度に合わせ優先順位が付けられている。そしてより危険な方から回ることになっている。
一応自力で歩行できる安田さんの優先順位は高くはないが、歩き出しや方向を変えた時のふらつきはやはり大きな怪我につながるため、決して軽視できない。
彼女は以前、有名メーカーの化粧品の販売をしていたやり手のキャリアウーマンだったと聞いている。70代にくも膜下で倒れ、10年余りが経っている。
彼女は結局、夜中2時に起きてソファに座ったままベッドには戻らず寝ずに朝を迎えた。
忙しい夜が終わり、朝日がフロアーをオレンジに染め上げた時も、彼女は変わらずソファで宙を見ていた。
今夜も無事に終わった。この後は、8人の起床介助と朝食前の準備が待っている。
私の中のエンジンをかけ直し動き出さなければならない。
その前に朝のコーヒーを入れ彼女にも「どうぞ」と渡した。ちらっと私を見てから早口に「ありがと」と言った。
私の目の前で、足を組んでカップを持つ彼女は、働く女性として大先輩の風格があった。
一晩、彼女には翻弄された。でもこの時2人で飲んだコーヒーは美味しかった。2人だけの時間は穏やかで優しい時間だった。