前回の記事で、「今回の出来事の何が特別だったのか…。」と書きました。
もちろん過去の意識の自分と今の意識の自分とでは、
考え方も感じ方も捉え方も何もかもが違います。
そういった意味で、特別な出来事だということもできます。
だけど、もっと重要な側面があるんじゃないかと感じています。
それは今このタイミングだからこそということです。
今このタイミングでそれを経験できて、
改めて生死について、深く考えることや感じることができたから「特別」だったんじゃないかと思うのです。
昨今、ニュースやネット、動画などの情報は、
なかなかショッキングであったり、刺激に溢れたものばかりと言ってもいいほどです。
これまで、映画やドラマ、漫画の中の世界だけで繰り広げられていたようなことが、
現実でも実際にある。実際に起きている。私たちが知らなかっただけで。
世界でも日本でも、人の命が軽んじられて、簡単に踏み躙られている現実。
「平和な国日本」も今は昔。というか、あの時からずっとただの幻想。
今、こんなことが事実として明らかになってきていますね。
日本だけでなく、世界、地球全体が大きな時代の変化の中にいて、そのうねりを経験中です。
今年から、自然や人為的なことも含め、様々なことが立て続けに起きるといわれています。
不安やおそれ、焦りの感情なんかが、掻き立てられ増幅させられるようなことばかりです。
この何が起きても不思議ではない最中にいて、
自分や大切な誰か、人類にとって、当たり前に明日が来るなんてどうして思えるんでしょうか。
どうしてそんなことが言えるんでしょうか。
だから今回、大切な大切なひとつの命にそのことを、
ものすごく重要なことを気づかせていただけたんだと思わずにはいられないんです。
死ぬ覚悟も生きる覚悟も持てていなかったこと。
死ぬこと生きることの何たるかを、しっかりと向き合わずに避けてきたこと。
今このタイミングで、「死」について改めてしっかりと向き合うことができた。
私の死ぬ覚悟、生きる覚悟について、真剣に考える機会をもらえたんです。
不思議なんですが、死ぬことについて深く向き合ったら、
生きることが輪郭を持って明確になってきました。
やっぱり死ぬことも生きることも、ただのサイクル。
超自然な循環なんだなと、気がつくしかありませんでした。
これまでの私の覚悟は「覚悟があるフリ」でした。
「死」というものを知識として持っていて、それにすり寄せただけの「死の覚悟」だったんです。
ペラッペラで当然でしょう。そんな覚悟なんて。
だから、今回体感させていただいて、思いっきり揺さぶられて目が覚めたんですよ。
近しい方の死を目の当たりにして、
死ぬとは? 生きるとは?
死ぬ覚悟はあるか? 生きる覚悟はあるか?
そう問われたんです。
その答えはきっと人の数だけあります。
絶対的に正しい答えなんてないんです。
だから、自分の中から自分だけの答えを出すしかない。
これまでの時代は、「何となく」、という感覚でも生きていけました。
私がそうだったから断言できます。
でも、これからの時代は「何となく」では生きていけない。
そのスタンスだと、あっという間に思わぬ方へと流されてしまう。
これも断言できます。
流されてしまって、コントロールを失っている人がたくさんいるからです。
はっきりしていることは、流されることが悪いんじゃないということです。
それも選択のひとつだから。
重要なのは、自分が何を選び、何を決めるかということだけです。
人の選択や決断に一喜一憂しないこと。
人をコントロールしようとしないこと。
人を説得しようとしないこと。
人の意見に賛同できなくても、自分のあり方が受け入れてもらえなくても、
そのことを受け入れることが必要なんだと思います。
死ぬ覚悟も生きる覚悟も自分のものだから。
今の時代、次の瞬間には一体何が起きるのか本当にわかりません。
何が起きてもおかしくないし、前代未聞のことが普通に起きてもしまうんです。
だから私はどんな状況でも何が起きても大丈夫だと決めました。
どんな状況でも何が起きても無事であるとか、ラッキーが起きて大丈夫だとかそういうことではありません。
自分がどんな結果に見舞われても、あらゆる全てを最善だと確信して受け入れることを決めたんです。
これが私の死ぬ覚悟、生きる覚悟です。
こうして覚悟を決めても、今後また変わるかもしれないし、また大きく揺らいでしまうかもしれません。
そうなればなったで、その都度向き合って新たにまた覚悟を決め直します。
自分がほっとできる覚悟を、何度でも何回でも選んで決めて、改めて覚悟します。
決める時は真剣に。だけどいつも軽やかに。自分に優しく。
こんな感じで捉えています。
私は「何となく」うまく生きていくより、すべてにおいて意識的でありたいといつも思っています。
だから自分の中に覚悟は持っていたい。
あらゆることを軽やかに楽しみながら、覚悟は自分の中にしっかり土台としてあって
そんな自分で、この素晴らしい世界の今ここ、今この瞬間を味わいたいのです。




