今日は牡牛座の25度で起こる満月。
残念ながら、私の住む場所からは雲が分厚く見ることができません。
ですが、満月の明るさのせいか、今日は夜の濃度が薄い気がします。
しかも、今日の満月は「特別」らしいですね。
なんでも、寛仁二年十月十六日(1018年11月26日)に
藤原道長が詠んだ「望月の歌」の時に出ていた満月とほぼ同じものだそうです。
すごく悠久のロマンを感じますね。
月を題材にした歌はよく読まれていますが、
恋愛時の心もようや感情を表現したものが多いのかなという勝手なイメージがあります。
なので、こう自信満々に自然の摂理を超えてしまうような、
栄華の確信を歌にしてしまうあたりやっぱり他とは違うなぁと感じてしまいます。
「そうあってほしい」という強い願いだったのかもしれませんがね。
個人的な意見なので、どうかご容赦いただきたいのですが、
正直、道長さんが詠まれたこの歌は好きではありませんw
ですが、月を眺めてこの世の掌握、繁栄永続確定、
…的な発想ができる感性とかセンスが、本当に素晴らしいなと尊敬します。
もう10年以上前になると思います。
仲のいい友人が短歌会に入らないかと誘ってくれたんです。
自分に文章や歌のセンスがあるなんて1ミクロンも思ったことはありませんでしたが、
百人一首や和歌は大好きでしたし、なんだか面白そうだなと、入会することに決めました。
そこには様々な年代や職業の方がおられ、
京大の教授や出版業界の方なども会のメンバーにいらっしゃいました。
最初は、場違いなところに来てしまったかも…と縮こまっていたのですが、
会の皆さんがとても気さくに接してくださるので、安心して場に馴染むことができました。
ところが、問題は歌を詠まなければいけないということです。
会の活動内容として、順番に回ってくる担当の人が、テーマにあげたい現代歌人を選び
感想や考察や技法、時代背景などをみんなで調べたり学んだりというものがありました。
その時は、気になる歌や好きな歌をいくつか選んで、感想を発表するくらいなのでなんとか凌げるんですね。
ですが、自分で歌を詠むとなると本当に難しいんです。
私は感情豊かに表現することがかなり苦手なので、印象に残っている場面だったり、趣味のことだったり
とにかく自分の中にあるものを掘り出し、掻き出ししていました。
その時に私が詠んだ歌の中で唯一、月を題材にしたものがありました。
それは満月ではなく、糸のようにとても細く美しい繊月(せんげつ)。
どんな歌だったかはすっかり忘れてしまいましたが、内容としてはこんな感じでした。
こんなに美しく壮大な夕暮時の空の下で、私はただバスを待っている。
ただそれだけなのにどうしてだろう。「今際の際だぞ」と言わんばかりに詰めてくる、鋭く光るあの繊月は。
ドキッとするほど鋭くて細い美しい月が、私には居合刀に見えたんですね。
ぼーっとバスを待っているだけの平和ボケなお前さんよ。
命のやり取りを知っているかい? 本気で命かけて今を生きてんのかい?
繊月が私の喉元まで届いてくるような丹田に冷たい感覚が走る中、そう問われたような気がしたんです。
で、それを会で発表した時のこと。
「いやぁ〜、月を…え? あ、あー居合刀に…へえー。」
「月を詠むときは大体、恋愛とか情感を表現することが多いんやけどねぇ。特に女性はねぇ。」
「あんた、ほんまに変わってるなーw」
「男前やなー。てか、完全に漢やなw 戦にでも行く気かーw」
「月が刀に見えたんか…どうやったら刀に…んー、まぁ、見えなくもない…ことも…」
ざわざわ… ざわざわ… ざわざわ…
ありがたいことに、このように様々なご意見やご感想をいただきまして、場がかなりざわつき珍妙がられてしまったのですw
自分が詠んだ歌よりも何よりもはっきりと覚えているのは、
皆さんの思いもよらない(面白い)反応でした。
私の友人も含めた他の皆さんの詠まれた歌は、本当に技法も表現も美しく素晴らしく
感心・感動するばかりでした。本当に心がふるえました。
どうやったらあんな風に歌が詠めるんだろうなぁと思いました。
平安時代でも、全然モテモテだろうなぁと確信が持ててしまうほどです。
こういうのも、やっぱりセンスって大いに関係すると思うんですよね。
常々心から思うんのですが、センスって磨くものです。
どうやって磨くかっていったら、感じる心を豊かにしていくことです。
感じる力を鍛えるってことですね。
そうするためには、好み好みじゃないは度外視で色んなものに触れていくべきですし、
今ここに存在していないと絶対無理なんです。
今ここに存在して、感じていることを味わい切る。
自分の感じている感覚に繊細に敏感に細やかになること。
感じる心を豊かにする、感じる力を鍛えるってこういうことだと思うんです。
そうやって、センスは磨かれて洗練されていくんです。
私は美しいものが大好きです。
そして、その中にある「歪み」「毒」みたいなものにもとても魅力を感じます。
広く深くそれを感じたいし、もっと感じられるようになりたいので、センスはいつも磨いていたいのです。
自分の中にセンスの種をたくさん蒔いて、
芽を出し、花を咲かせて、実になるのを自分でも見て感じたいんです。
だから、たくさんの色んな方々のセンスや感性、感じ方、考え方に触れていたい。
ブログひとつとっても、皆さんの文章や画面全体、イメージやアイデアにいつも感心しています。
素晴らしいな。かっこいいな。素敵だな。
って、皆さんのサイトにお邪魔させていただくとワクワクするんです。
すごく大好きで興味深いひと時になります。
今は自分の決めたことがあり、それに向けて動いていますが、
落ち着いて余裕ができたら、もっと積極的に求めていきたいなと思っております。
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