何も知らない時の方が幸せだった。

 

そんな風には絶対に思わない。

 

 

 

真実やメカニズムを知ること。本質を捉えること。

 

その上でしっかり自立して、自分で考えて、自分のことは自分で責任を持って

自分のパワーを信頼して生きていく方が100億倍いい。

 

私はそういうスタンスです。

 

 

 

 

 

理想や変化を具現化していくためには、まず目の前の現実を知らなければいけません。

 

 

 

これは、すべてを学んでから、知ってから動かなければならないという意味ではないんです。

 

 

 

学び知る上で、動きながら学び知る際でも、

盲目的になったり、都合の悪いことに目を瞑ることなく進んでいくということです。

 

 

 

嘘みたいな現実は、直視できないものも少なくありません。

 

だけど、目を背けていたら何も変わらない。何も始まらない。

 

 

 

 

まずは、自分ができる範囲からでもいい。

 

意識を向けるだけでも大きな一歩です。

 

 

 

無関心でいることほど無責任なことはない。

 

私たちは無関係ではありえませんから。

 

 

 

 

 

 

 

以前は自分のことで手一杯だったことに加えて、世界に対する不満ばかりでした。

 

 

 

ところが、日本や世界の明らかにおかしい流れや動きが情報として溢れてきて、

隠されていたことが表出しはじめて

私自身も、もう違和感や不快感を無視できなくなってきたんですね。

 

 

 

こんなやり口だったんだ。こんな仕組みだったんだ。こんな風に私たちは支配されていたんだ。と。

 

 

 

知っていけばいくほど、最悪極まりない気分になります。

 

人間という存在の認識の浅さを思い知るきっかけにもなりました。

 

 

 

 

だけど、こうも思うのです。

 

 

 

ここまで最悪な状態にならなかったら、私は自分が変わらなければいけないと思っただろうか?

 

自分も人も、日本も世界も、もっとより良くなるためにはどうすればいいかと真剣に考えるようになっただろうか?

 

本気で愛と調和の世界を望み、そのために何ができるかと模索することになっただろうか?

 

 

 

世界の流れは、明らかに意図をもって私たちに語りかけていると感じずにはいられません。

 

そして、この世界の流れや動きは我々地球人にとって、最後のチャンスなんじゃないかと思うのです。

 

 

 

 

だから、しっかり目を見開いて見ておかないといけない。

 

違和感や明らかに理不尽なことを、そのままにしておいてはいけない。

 

声を上げるべきところで、ちゃんと意思表示をしないといけないんです。

 

 

 

 

 

 

 

サバイバルをするとか、大きなことをするとか、そういったことではありません。

 

ただ、自分の人生を、人生の中の瞬間瞬間、 “今ここ” を真剣に生きるということ。

 

それがとても大切で何より尊いこと。

 

 

 

 

今、本気で命を懸けて生きる時ではないでしょうか。