この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ

源に戻ったら、人間界に生きてるのが、とっても楽になった。
一旦源に戻りながらも、
再び魂の次元に戻り、
そこに引っ掛かっていた状態から、
再び源に戻ったら、
人間界に生きてるのが、
とっても楽になった。
どういう点が楽になったか、
というと、
波動の低い低次元の人と
一緒に居るのが、
とっても楽になった。
以前は、
何でそんな何だ!?
と思っていた。
今は、
氣にならなくなった。
強いて言えば、
そんな表現もあるよね。
そんな感じ。
自分自身が、源に戻ったら、
あるがままを受け入れられ、
絶対安心の領域に戻った。
それは、
魂に戻り、
魂が過去の自分を
あるがままに受け入れ、
愛することとは、
次元の違う安心感。
そして、
源とひとつになったら、
源がそれぞれの魂を観るように、
それぞれの人を観ることが
できるようになった。
それは、
すべてを受け入れ超えた次元。
故に、
いつどこで誰と居ようとも、
絶対安心の領域にくつろぎ、
足の先から手の先、
そして頭の天辺まで、
緩んで解れたままで、
居られるようになった。
毒親育ちで、
いつ何時、どんな理由で、
怒られるのかもわからず、
片時も安心すること無く
育った自分は、
毒親のことを癒しきっても尚、
不特定多数の人が多く集まる場で、
反射的に敵対反応が出てしまい、
毒親育ちの性は、
一生持ち運ばなければならないのか、
と、思っていた。
親に、
そのままの自分を認められ、
受け入れられ、
愛されて育った人のような
穏やかさには、
なれないのかと思っていた。
でも、
源に戻って、
そのままの自分は
丸ごと受け入れられ愛され、
絶対安心の領域にもどったら、
いつどこで誰と居ようとも、
絶対安心の領域にくつろぎ、
足の先から手の先、
そして頭の天辺まで、
緩んで解れたままで、
居られるようになった。
すべてを忘れ、
天国から地獄まで、
何でもありなこの星に、
人間として生まれ、
たくさんの傷や感情を蓄積し、
本来の自己とは正反対の
泥団子のような状態になり、
そこから再び、
本来の自己の輝きを取り戻し、
源へと帰還する。
何という壮大なドラマ。
それを果たすことができるのは、
高次元に存在してることよりも、
さらに難易度が高い事では無いのか。
とはいえ、
それが成されたら、
特別ではなく、
自然で当たり前のことのよう。
それは、
元々の自分に戻ることだから。
特別さを求めると言うことは、
まだ内なる闇を抱えており、
それ故特別さを求めるということ。
内なる闇を受け入れ癒し、
光を取り戻し、
源へと戻ったら、
それは、自然で当たり前になる。

