10年ぐらい前
悟りブームありましたよね。
私もその頃
苦しみから抜け出すには
悟って解脱つするしかないと
真剣に瞑想したことがありました。
結果
激しい怒りと恐怖を感じさせることが
次から次に起こり続け
体が壊れて死にかけてしまいました。
その時は
なんでこうなってしまったのか
理由もわかりませんでした。
後に
サトルボディヒーリングに出会い
自分自身の中に蓄積された感情を癒すことでその原因が分かりました。
この記事では
そのことを解説していきたいと思います。
私は、30年以上前、二十歳の頃から
苦しみから抜け出したくて、精神世界の探究をして、いろんな所に行って、いろんなことを体験してきました。
でも、忘れていたトラウマや酷い体験をを思い出させるものはあっても、癒されるものはなく、
この傷、この怒り、この恐怖、どうしたらいいんですか?
で終わるものばかりでした。
探究すれば探究するほど
苦しさが募るばかりでした。
20年以上探究し続け、何をっても楽にならなかった私は
苦しみから抜け出すには悟るしかないとおもいました。
そして
2007年1月から
真剣に瞑想しました。
結果、内なる静けさ・安らぎ・平安を発見し、コレで在ればいいんだと氣づきこました。
同時に、世界の中に自分が居ると思っていたけど、自分の中に世界があったと氣づきました。
しかし、その後、
激しい怒りと恐怖を感じさせることが次から次に起こり続け、
内なる静けさやすらぎ平安と、外側の大変な現実の、どちらが本当なのか分からなくなりました。
瞑想し続けたせいで、この世界の裏側に入り込み、出れなくなったようにも感じました。
挙句の果てに、
体が壊れて死にかけてしまいました。
その時
どんなに頑張っても、自分の人生は楽にならない。
人生なんてこんなもの。
もう死んでもいい。
そう思いました。
その時
このまま死んだら、来世はもっと大変になる。
と、声が聞こえました。
それを聞いて、それは嫌だと感じ
なぜこうなってしまったのか
その答えだけでも知りたい
と思い
さらに色んな所に行きました。
しかし
なかなか答えは見つからず
毎日3食普通に食べていても
体は、日に日に痩せていき
わずか2ヶ月で
73キロあった体重が53 kg まで落ちてしまいました。
二十歳の頃から
恐怖を克服するために始めた
ウェイトトレーニングで
一生懸命頑張ってつけた筋肉が全てなくなり
骨と皮だけになってしまいました。
この体は、もうすぐ死ぬんだな。
ならば、それにも氣づいていよう。
そう覚悟した時、サトルボディヒーリングに出会い、救われました。
そして
2009年7月
自分自身を癒すために
サトルボディヒーリングのトレーニングに入りました。
最初のトレーニングで
体が壊れて死にかけた原因は
左脇腹に蓄積されていた怒りと恐怖が原因だということに氣づきました。
しかし
それを感じないようにしていたので
さらに怒りと恐怖が蓄積し
体が壊れて死にかけたと氣づきました。
そして
トレーニングに入ったばかりで
まだハートも小さく
激しい怒りと恐怖に手も足も出ず
どうしようもなく感じた私は
講師のプラサードのヒーリングを受けました。
その時
過去生と全く同じ事を
今世繰り返していたことに
氣づきました。
カルマとはこういうものかと
愕然としたものです。
その後
感情をかき乱されたり
嫌なことが起こるたびに
相手や状況を変えようとするのではなく
自分の中で反応している
怒りや恐怖や不安や悲しみ
といった感情を癒すことを続けました。
すると
同じ状況が起こっても
以前ほど大変にならなくなることをに
氣づきました。
叩き斬ってやりたいくらいの
激しい怒りを感じていたのに
ヒーリングすると
ぶん殴ってやりたいぐらいになり
さらにヒーリングすると
ふんくらいになり
さらにヒーリングすると
何ともなくなっていくのでした。
さらにヒーリングすると
相手が近づいて来れなくなり
遠くで何か言ってるだけになりました。
また別な人は
ヒーリングすると
別人のように良い人になって
仲良くなったりしました。
つまり
自分の中のエネルギーがフィルムで
それがスクリーンに映し出されたものが現実
ということに氣づきました。
怒りをたくさん溜め込んでいると
怒りを感じさせる人が現れる。
そして
その人がしたことに対する怒りと
自分の中に溜め込んだたくさんの怒りの
両方を同時に感じるから
叩き斬ってやりたいくらいの激しい怒りを感じていた。
怒りから相手を変えようとすると
相手はさらにエスカレートして
さらに酷いことをされ
さらに激しい怒りを感じさせられる。
でも
自分の中の怒りを癒やしたら
同じことをされても
以前ほど激しい怒りを感じなくなる。
そして
自分の中の怒りがなくなったら
同じようなことが起こらなくなる。
この世は
そのようにできているのだ。
ということを思い出したのでした。
同時に
瞑想の危険性についても
理解しました
私が
内側深く瞑想して
内なる静けさやすらぎ平安を発見し
世界の中に自分がいると思っていたけど
自分の中に世界があった
ということを発見した後
なぜ
激しい怒りや恐怖を感じさせることが
次から次に起こり続けたのかも
理解したのでした。
それは
先ほどの映画の話と繋がっています。
内側深く瞑想し
覚醒するということは
中心に明かりが灯ることです。
しかし
表層には
たくさんの怒りや恐怖がありました。
ということは
明かりが灯った分だけ
怒りや恐怖が強烈に現実化される
ということです。
まさか
苦しみから逃れたくて
真剣に瞑想したのに
返って大変な現実になって
体が壊れて死にかけるとは
思いもよりませんでした。
通常の人は
内側深く瞑想しようとしても
感情の壁が妨げとなり
うまくいかないので
大して危険ではありません。
しかし
過去生で真剣に瞑想した人は
感情の壁を通り抜け
中心に明かりが灯ってしまいます。
そうなると
表層に残っていた感情によって
現実が大変になったり
体が病氣になったりしてしまいます。
ですから
感情を癒やさずに
真剣に瞑想すると
大変なことになってしまいます。
私が真剣に瞑想した時に
バイブルのように使っていた
あるがままにという本の著者
ラマナ・マハルシも
最後は癌で苦しみながら死んでいきました。
にもかかわらず
苦しんでるの私ではない
私はそれに氣づいている意識だ。
と言っていたというのは
笑うに笑えない話です。
ですから
真剣に瞑想する前に
体の中に蓄積した感情を
癒しておくことが必要です。
そもそも
本当の瞑想とは
氣づきの主体に氣づくことから始まります。
氣づきの主体とは
第三の目です。
しかし
いきなり氣づきの主体に氣づこうもしても無理な話です。
なぜなら
ハートから下のチャクラには
沢山の傷や感情やブロックがあり
エネルギーが押さえ込まれているからです。
そのような状態では
第6チャクラにはエネルギーが供給されていません。
電氣が来てないと、電球も光りませんよね。
それと同じように、氣づきの主体に氣づくのも無理な話です。
それでも頑張り続ければ、
氣づきの主体に明かりが灯ります。
しかし
明かりが灯ると
ハートから下のチャクラに蓄積された
傷や感情やブロックが
現実化され
人生が大変になります。
しかし
ヒーリングから始め
ハートから下のチャクラの
傷や感情やブロックを癒すなら
ハートから下のチャクラが輝きを取り戻します。
すると
エネルギーは
ハートから上のチャクラへ上昇します。
そうなると
氣づきの主体である
第三の目が活性化します。
すると
氣づきの主体に氣づくのは
簡単なことです。
そうなってから瞑想を始めると
危険性もありません。
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