この星に
愛を分かち合いに来た
仲間たちへ
せっかく
毒親から離れて暮らしていたのに
病気になったり
お金の問題や
離婚や
介護で
実家に戻らなければ
ならなくなると
人生の落伍者のように
思いますよね
でも
毒親の元に戻ることは
失敗なんかではありません
それは
毒親によって蓄積した
傷や感情や信じ込みに氣づいて
受け入れ癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自己に目覚める
チャンスなのです
毒親から離れて
何十年も経った状態では
毒親によって蓄積した
傷や感情や信じ込みに
なかなか氣づくことができません
氣づくためには
実家に戻り
毒親と一緒に暮らすのが
最も効果的です
だから
いろんな問題によって
実家に戻ることになったのです
そもそも
毒親によって
たくさんの
傷や感情や信じ込みを蓄積すると
仕事やお金や人間関係も
うまくいかなくなり
そのせいで
実家に戻らなければいけなくなる
というところは
しんどいところですけどね
でも
再び実家に戻り
毒親と一緒に暮らすのは
失敗ではありません
毒親によって蓄積した
傷や感情や信じ込みに氣づいて
受け入れ癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自己に目覚める
最適な状況です
とはいえ
一番奥底にあって
一番見たくないものを
突きつけられ
見せつけられるので
大変ですけどね
でも
私が提供する
サトルボディヒーリングに
出会っていたら
どんな傷も
どんな感情も
どんな信じ込みも
癒せないものはないので
大丈夫です
そして
単にヒーリングするのではなく
ご自身でも
感情がどこにあるのかを感じ
癒すこともできるように
ガイドしながらヒーリングします
なので
ヒーリングを受け続けながら
日々ハート瞑想をして
ハートを育むと
ご自身でも
癒せるようになります
すると
簡単な物は日々自分で癒して
ご自身では癒せない
大きなものは
セッションを受けて一緒に癒す
この両方が揃うと
早く楽になって
楽しくなることができます
そして
毒親のことを癒やしきって
超えることができたら
この世に
怖いものがなくなります
そして
いつどこで誰といても
そのままの自分で
いられるようになります
すると
自由で楽しく豊かな人生を
生きることができるようになります

私も
15歳で上京して
ずっと離れて暮らしていたのに
35年後に
毒親の元に
戻らなくてはならなくなったので
その氣持ちよくわかります
私も
父親に
否定され拒絶され
父親の考えを押し付けられ
嫌だと言うと
俺が食わせてやってるんだから
俺の言う通りにしろ
と言われ続け育ちました
そして
15歳の時
父親に勧められて受けた
陸上自衛隊少年工科学校
という
自衛隊の中の高校の
入学試験に合格した時
このままここにいたら
俺が潰されるか
父親を殺してしまうか
どちらかだ
どちらにしても不幸だ
でも
自衛隊に入って
給料をもらうようになったら
俺は自由だ
との思いで
上京しました
しかし
実家を出ても
生き辛さはなくならず
募るばかりでした
その苦しさから抜け出したくて
二十歳の頃から
精神世界の探究を始めました
でも
忘れていたトラウマや
辛く苦しい出来事を
思い出させてくれるものはあっても
忘れていた傷や感情が
癒されることはなく
この傷
この感情
どうしたらいいのですか
???
という状態で
終わるものばかりでした
だから
探究すれば探究するほど
苦しさが募るばかりでした
そして
2008年8月31日
体が壊れ
死にかけてしまいました
20年以上探究しても
傷や感情が癒されるものには
出会えなかったので
人生なんてこんなもの
もう死んでもいい
と
思いました
でも
このまま死んだら
来世はもっと大変になる
という内なる声を聞き
それは嫌だ!
と感じ
せめて
なぜこうなったのかだけでも知りたい
そう思い
日に日に衰弱していく体を
引きずりながら
さらに色んな所へ行きました
それでもなかなか答えは見つからず
この体はもうすぐ死ぬのか
ならばそれにも氣づいていよう
そう覚悟した日に
サトルボディヒーリングに出会い
救われました
そして
2009年7月
サトルボディヒーリングの
トレーニングに入り
毎日自分を癒し続け
復活しました
そして
卒業した時
人を癒すこともできるように
なってました
その時
過去の自分と同じように
苦しみから抜け出したくて
色んな所に行っても
本当に癒されるものはなく
苦しさは募るばかりで
それでも諦めきれずに
探している人がいるかもしれない
そんな人の助けになりたい
と感じ
セッションを始めました
自分自身を癒し続け
セッションも提供し続けました
そして
自分自身を癒し続け
8年が経った時
第2チャクラの所に
何とも言えない嫌な感じの
大きなエネルギーの塊がありました
しかし
それが何なのかすらわからず
手も足も出ないのでした
そして
2017年3月
その得体の知れない塊を超えるため
さらに内側深く瞑想するように
導かれました
ただひたすら
内側深く瞑想していると
エネルギーが
外に流れなくなり
セッションが激減しました
なので
会社に入って働いて
稼ごうかと思いました
しかし
今は
働きに行ってる場合じゃない
ただひたすら
内側深く瞑想する時だ
という
内なる声が聴こえ
それに従い
借金で食いつなぎながら
ただひたすら
内側深く瞑想し続けました
そして
一年が経った時
この世界の背後の次元に在る
本当の自分に戻ることができました
その時
8年癒し続けてもなお
それが何なのかもわからず
手も足も出なかった大きな塊が
父親への恨みだったことに
氣づいたのでした
その時
酷いことをされ続けたから
恨んで当然だと思っていたけど
この恨みは
自分の体の中にある
これは
自分のものだ
この恨みを
持ち続けるのも
受け入れ癒やすすのも
自分の責任だ
そう氣づいた時
溶けて消えていきました
しかし
その時
既に
借金が限度一杯に達しており
当座のお金を借りるために
明日
飛行機に乗って実家に帰省する
という日でした
そして
翌日
飛行機に乗って帰省すると
父親は
2回目の脳梗塞の後で
左手と左足に
軽い麻痺が残っており
変な歩き方になっていて
ショックを受けました
さらに
俺が立て替えてやるから
こっちに戻ってきて
働いて返せ
と言われた時
それまでずっと
実家に帰るくらいなら
野垂れ死にしたほうがましだ!
と
言い続けていたの
幼い頃から
ずっと抱えていた
大きな塊が癒されたら
生まれたばかりの赤ん坊のように
なってしまって
どうやって生きていったらいいんだろう
という感じになり
ずっと青梅に住んでいたいと
思っていたのに
借金を抱えて
働きながら返すなんて
到底無理なように感じ
実家に戻ることにしたのでした
本当に
一人では何もできない
無力な赤ちゃんに戻ったように感じ
すでに
サトルボディヒーリングの
セッションを提供していたのに
お金で失敗して
実家に戻らなければいけないなんて
人生の落伍者のように感じ
失意のどん底に落ちたものです
そして
もう二度と
東京になんか行けない
と思うくらい
自信をなくしていました
そして
青梅での暮らしを引き払い
実家に戻って
両親と暮らしたら
父親は
昔から狂っていた
ということに氣づいたのでした
すると
幼い頃から
父親に対して
何か変だ
何かおかしい
と思っていたことが
色々と
思い出されてきたのでした
そして
父親を
殺してやりたいくらい
苦しかったのは
父親自身の考えが間違っていて
全然うまくいってないのに
しかも
自分は優等生で
先生に怒られるどころか
評価されていたのに
自分の考えを否定され
父親の間違った考えを押し付けられ
俺が食わせてやってるんだから
俺の言う通りにしろ
と言われ続け
いくら話しても
全く通じなかったからだ
だから
このままここに居たら
俺が潰されるか
父親を殺してしまうか
どちらかだ
と
思うくらい苦しかったのだ
と
理解することができたのでした
これは
実家を出て
30年以上経っていたので
離れて暮らした状態で
ヒーリングし続けても
氣づくことができないものでした
そもそも
15歳で実家を出るとき
苦しいばかりで
父親が狂ってるとは
氣づきもしませんでした
そしてさらに
35年ぶりに実家に戻ったことで
自分自身の苦しさの根源は
母親だったことにも
氣づいたのでした
35年ぶりに
実家に戻って
両親と暮らす中
両親は
相変わらず
喧嘩し続けており
母親は
相変わらず
父親の文句を
言い続けているのでした
そんな母親を
見るに見かねて
なんであんな奴と結婚したんだよ?
と言うと
結婚したくてした訳じゃない
お世話になっていたお坊さんに
お父さんとの結婚を勧められ
何回か会ってみたけど
嫌だと断ったら
俺の顔を潰す気か!
と
すごい勢いで凄まれて
断ることができずに結婚した
というのでした
しかも
嫌な奴と結婚して
セックスまでして
私が
母親のお腹にいる時に
そのお坊さんが
私の名前をその子にあげる
といった時
そのままもらって
私につけというのでした
私は
幼い頃から
名前が原因で友達からからかわれ
とても悔しい思いをしていました
自分自身が
ダメだとか
情けないとか
カッコ悪いとかで
からかわれるのなら仕方ありません
それが嫌だったら
頑張って努力して
ダメじゃなくなって
情けなくなくなって
カッコ良くなればいいだけの話です
でも
古臭い名前を付けられ
しかもその名前は
両親が
私のために
一生懸命考えてつけた
名前でもなく
親にとっては
お世話になった人でも
自分にとっては
どこの誰かも分からない
坊さんの名前をもらってつけたなんて
絶対に許せない
と
両親に向かって
言い続けていたものでした
しかも
そのお坊さんが
あんな人嫌だと
嫌がる母親に対して
俺の顔を潰す気か!
と
凄んで無理やり結婚させた
張本人だったとは
だから
こんなにも
この名前が嫌いだったのか
だから
坊さんのことが
こんなにも嫌いで憎んでいたのかと
腑に落ちたのでした
そして母親は
父親と並んでおらず
私の横に来て
父親がどんなに酷いのかを
私に吹き込み続け
私を味方にして
父親と対立させていたのでした
それが
父親との仲を
さらに悪化させ
さらに私が
酷い目に遭い続ける
原因となっていたのでした
母親が
父親と並んでおらず
私の横にいて
父親の悪口を吹き込み
味方に取り込んでいた
ということは
2002年に参加した
バート・ヘリンガー氏の
ファミリーコンステレーションに
参加した時
氣づかせてもらってました
そしてそれに
本当は嫌だったのに
坊さんに凄まれて
断りきれずに結婚して
セックスまでして
私を生んで
あろうことか
その坊さんの名前私につけたなんて
受け入れ難い苦しみでした
そして
私の生きづらさの原因の黒幕が
母親だったというのも
受け入れがたいものでした
父親も私の味方ではなく
母親も私の味方ではなかった
だから
私は
誰も助けてくれない
この世に自分の居場所はない
という信じ込みを抱え
無意識にそれを現実化し続け
大変な人生を生きてきたのでした
せめて
どちらさ一人でも
見方でいてくれたら
こんなにも苦しくなかったのに
と
よく思ってました
父親が狂っていたことも
母親が黒幕だったことも
35年ぶりに
実家に戻り
一緒に暮らしてみて
初めて分かったことでした
それは耐え難い苦しみで
それらを受け入れ癒し超えるのに
1年半もかかりました
それを超えるには
ヒーリングだけでは足らず
さらに内側深く
瞑想する必要がありました
それでも苦しくてたまらず
何度も何度も諦めようと思いました
それでも諦めきれず
あがき続け
もがき続け
癒しきり
超えることができたら
毒親と暮らしていても
とっても楽になって
とっても自由になりました
そして
いつどこで誰といても
そのままの自分でいられるように
なりました
そして
セッションも
それまでは
ヒーラーですという風に
どこかかしこまって
堅苦しかったのに
そのままの自分でいられて
楽に楽しく
できるようになりました
そうなると
クライアントさんも増えて
自由で楽しく豊かに
暮らせるようになりました
そして
日々を楽しんでいたら
魂から
ここに住みたい!
と感じる場所が見つかり
その1年後の2020年10月に
ここ
八ヶ岳南麓
北杜市大泉町に
移住することができたのでした
長々と書いてしまいましたが
せっかく
毒親の元を離れて暮らしていたのに
毒親の元に
戻らなくてはならなくなるのは
人生の落伍者のように
思えてしまいますが
そうではありません
それは
毒親によって蓄積した
傷や感情や信じ込みに氣づいて
それらを
受け入れ癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自己に目覚めるための
チャンスなのです
そのチャンスを
手にすることができるよう
全力でサポートします
最後まで読んでいただき、ありがとうございます
現実は
訳もなく起こっている
のではありません
現実は
あなたの中のエネルギーによって
作られています
悩みや苦しみや問題を
無くそうとしても無くなりません
原因である
あなたのエネルギーが変われば
現実は簡単に変わります
それは
映写機の中のフィルムが変われば
スクリーンに映し出された映像も変わるくらい
シンプルで簡単なことです
あなたも過去の傷や感情を癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自分に戻りませんか?
いつも応援しています
愛と感謝と共に
Deva Ambho
ここで提供しているセッションは
対面/電話/Skype/Zoomで
世界中どこにいても
受けることができます
サトルボディヒーリング
初回限定30分無料相談
セッションに申し込むかどうか迷う方
電話/Skype/Zoomで
一度お話ししてみませんか?
安心して申し込めるように
ご質問にお応えします
