この星に
愛を分かち合いに来た
仲間たちへ
先週の月曜日
東京へ
髪の毛を切ってもらいに
行くついでに
マトリックスリザレクションズを
観てきました
2000年に
青梅に引っ越して以来
18年住んでましたが
映画と言えば
立川のシネマシティでした
当時から
会員になると
サイトで席の予約ができ
しかも
平日だと1,000円
さらに
綺麗な建物で
音もいい
後にできた
シネマシティ2には
さらに音がいい
極音上映もありました
という訳で
髪の毛を切ってもらう前に
マトリックスを観ようと
スケジュールが出るのを
心待にしていたら
直前では
カットの予約を遅らせて貰わないと
間に合わない時間でしたが
直前になって
ちょうどいい時間に
変更されてました
そして
自宅から
車で
小淵沢駅まで行き
特急あずさで
立川へ
それが
何とも言えず
不思議な感じでした
マトリックスを観たのは
リローテッドが公開される
直前だったので
2003年
もう
20年近く前
なんですよね
そして
リローテッドを観て
レボリューションを観たのでした
当時は
青梅に彼女と一緒に住んでいて
2007年3月
別れて
1人青梅に残り
その後
2018年5月
長崎の実家に戻り
このままずっと
居候で居るしかないのか
と
思っていたら
毒親との事を癒しきったら
自由で楽しく豊かになり
八ヶ岳に導かれ
また
立川のシネマシティで
マトリックス リザレクションズを
観るのですから
それに
当時の私と今の私では
全く違う次元に居ます
それもまた
不思議な感じでした
私は
1997年位の時
ライトボディの覚醒化
という
瞑想のワークショップに
通っていました
毎朝
CDを聴いて
瞑想してました
瞑想してると
くつろいで
満たされて
幸せになるのですが
暮らしは
全然楽になりませんでした
なので
クリスマスパーティーの時
講師の人に
瞑想してると幸せなのに
何で現実は幸せにならないのですか?
と
食って掛かったものです
こんな風に言えるのは
それだけ真剣にやっていた
ということです
いい根性してますよね
すると
ボディワーク知ってる?
と訊かれ
リバランシングというものを
紹介されました
当時の私は
何かにつけ
それいくら?と訊いていたのに
名前と電話番号だけを教えてもらい
翌日には
予約してました
そして
会場に着くと
見覚えのある
髭面の人の
大きなポスターが
壁に貼ってありました
20歳の頃
性欲を何とかしなくてはいけない
そう思い
ブッククラブ回の
ニュースレターで見つけた
セックスから超意識への
類似本を
購入しました
しかし
当時の私には
全然意味わからず
同じことばかり繰り返す
この人は
頭オカシイんじゃないか?
と
思いました
でも
その後
何度か引っ越したにも関わらず
その本は
捨てずに持っていたのでした
そして
10年の時を経て
ボディワークを受けに行ったら
OSHOの写真が
待っていたのでした
コレが
OSHOのワークとの出会いであり
OSHOワールドの入口でした
ボディワークを受けると
寝てるでもない起きてるでもない
不思議なスペースへ
誘われました
そして
これは何か大切なものだ
いつも
このスペースの中に
居たらいいんだ
と
感じました
リバランシングでは
何をやるかと言うと
セラピストが
体にやさしく触れてくれます
それを
自分でも感じ
そこに意識を向け
呼吸を入れていきます
そうすることで
頭に集中していたエネルギーが
体へと戻っていきます
結果
寝てるでもない起きてるでもない
不思議なスペースへ
導かれたのでした
当時の私は
都内で
大型ダンプの運転手を
していました
リバランシングを受けると
寝てるでもない起きてるでもない
不思議なスペースへ導かれますが
2週間も経つと
すっかり元に戻ってしまいました
なので
いつもこのスペースに居たいと
隔週で
セッションに
通っていました
それが
今にしたら
瞑想の準備に
とても助けになったのでした
そして
2年ほど経ったとき
その
セラピストの人が主催する
瞑想会に誘われました
そこで初めて
OSHOクンダリーニ瞑想を
体験しました
すると
あの
寝てるでもない起きてるでもない
不思議なスペースへ導かれたのでした
リバランシングを受けなくても
OSHOクンダリーニ瞑想をすると
あの不思議なスペースへ導かれる
大きな発見でした
当時はまだ
インターネットもパソコンも
あまり普及しておらず
都内各地の瞑想会の情報は
有志の人が
ファックスで配信してくれてました
それを観て
あちこちの瞑想会に
参加するようになりました
そして
1999年9月
タントラ瞑想会に
参加したのでした
タントラ瞑想会では
低音から高音までくまなく全身に響く
ノリのいい音楽で
思い切りダンスします
その後
ブレスワークで
(チャクラブリージング瞑想のような
循環呼吸)
エネルギーを全身に回します
その後
男女でペアになり
繊細に触れあいます
この
タントラ瞑想会が
とても氣に入り
翌月には
イタリアから
タントラの大御所
Radhaが来日し
2日間のワークショップに
参加しました
そして
生きる喜びに溢れ
日々を楽しんでいたら
会社が負当たりをくらい
大型ダンプの運転手を
リストラされてしまったのでした
その後
外に出れなくなり
死のうとしても
痛いのも怖いのもダメで
死にきれず
仕方なく借金で
食い繋いでしました
そして
2000年5月
再び
Radhaのタントラに参加したとき
全員が
会場内を歩き回り
眼があった人と向き合って立ち
目と目を見つめ合う
という
エクササイズが
ありました
その時
オーガナイザーだった女性と
目と目を見つめ合った時
自分の中から
やっと逢えたね!
と
声がしました
それまでは
その人のことが
氣になりながらも
コイツに近づくと
泣きをみる
と
感じていて
近づきながらも
距離を取ってました
でも
やっと逢えたね!
と
声がしてから
警戒警報がなくなり
当時
その人が住んでいた
青梅に
遊びに行ったのでした
そして
付き合い始め
7月に
借金が限度額一杯となり
それまで住んでいたところが
住めなくなるとき
それを
その人に話したら
家に来る?
と
言ってくれ
転がり込んだのでした
その際
彼女は
こう言いました
テレビをだらだら見るなら
テレビは持ってこないでね
当時の私は
朝から晩まで
テレビを付けっぱなしでした
なので
テレビを友人にあげ
青梅に転がり込んだのでした
コレが
後に瞑想を深めるのに
とっても助けになったのでした
そして
半年ほど経ったとき
出掛けた先で
テレビを観たとき
とっても氣持ち悪くなり
テレビが洗脳装置
(マトリックスのプラグ)
だということに
氣づいたのでした
そして
彼女は
外に出れず
働くこともできない私に
何も言いませんでした
それどころか
当座のお金を貸してくれたのでした
そして
毎日3回
OSHOダイナミック瞑想を
やるといいよ
と
言ってくれたのでした
(^^)
これ
ダイナミック瞑想を
やったことがある人なら
スッゴクやさしい人だなと
思いますよね
(^^;
だって
ダイナミック瞑想は
とってもハードですから
それを
毎日3回やるといいよ
と
言うなんて
スッゴクやさしいですよね
当時の私は
外に出れなくなって
半年以上経って
為す術無かったので
毎日3回
OSHOダイナミック瞑想を
やりました
程なく
彼女は
1ヶ月ほど
イタリアへ行きました
その間も
毎日3回
ダイナミック瞑想を続けました
そして
2ヶ月近く経ったとき
俺大丈夫かも
と感じ
職安に行き
青梅のサッシ屋に
就職できたのでした
そして
2000年12月
彼女は例年通り
インドにある
OSHOのアシュラムヘ
瞑想しに行ったのでした
私は
働き始めたはかりだったので
1人青梅に残り
働き続けるつもりでした
でも
暮れが押し迫ってくるに連れ
働いてる場合ではない
インドに行け!
と
内なる声が
響くようになり
急遽
インドに瞑想しに行くので
辞めさせてください
と
言ったのでした
そして
2001年1月中旬
インドにある
OSHOのアシュラムヘ
行ったのでした
そして
毎日
朝から晩まで
ブッダホールで瞑想して
内なる変化を感じ
この魂の道を生きる
との覚悟で
テイクサニヤスして
Deva Ambho
(divain lotus)
(神聖 蓮)
という
魂の名前を
もらったのでした
そして
毎月のように
彼女がリードする
タントラ瞑想会に
ヘルパーとして参加し続け
瞑想を深めていました
と言っても
これはまだ
瞑想のための準備に
過ぎなかったのですが
でも
1997年頃から
2017年頃まで
リバランシングと
タントラ瞑想会で
頭に集中していたエネルギーを
体に戻し
今ここに寛げるようになったことが
その後
瞑想や
ヒーリングを深めるのに
とっても大きな
礎となったのでした
そして
その経験が
後に
サトルボディヒーリングで
クライアントさんたちが
本当の自分に目覚めるサポートを
するのにも
とても大きな礎となったのでした
そんな
2003年
マトリックス
マトリックス リローテッド
マトリックス レボリューションズ
を
観たのでした
正直
当時は
全然意味が
わかりませんでした
後に
2007年1月
年末年始の
合宿のワークショップを
追放され
精神的危機に陥り
ラマナ・マハルシの
あるがままに
という本に出会い
私は誰か?
と
内側深く問続ける
真我探究の瞑想を
始めました
そして
数ヶ月後
内なる
静けさ安らぎ平安を
発見し
世界の中に
私が居るのではなく
私の中に世界がある
私が
青梅から立川に行くのではなく
私の中が
青梅から立川になるのだ
ということを
発見したのでした
そして
これで在ればいいのだ
そう感じだものでした
しかし
その後
激しい怒りと恐怖を
感じさせる事が
次から次に起こり続け
2008年8月
体が壊れ
死にかけてしまったのでした
そして
サトルボディヒーリングに出会い
トレーニングに入り
怒りや恐怖を
感じさせる事が起こる度
自分の中で反応している
怒りや恐怖を癒し続けました
すると
それまで
相手の言葉が
グサグサ突き刺さって
殺してやりたい位の
激しい怒りを感じていたのが
全然
自分に当たらなくなり
横や上や下を通り抜けるように
なったのでした
そのとき
マトリックスの意味の1つを
理解したのでした
私の場合は
自分の中の感情を癒したら
弾を避ける必要もない
ということでした
サトルボディヒーリングの
トレーニングを卒業した後も
アドバンスなトレーニングに
参加し続け
再受講もして
深め続けました
そして
8年経った
2017年3月
さらに
内側深く瞑想するように
導かれました
そして
背後の次元に在る
本当の自分に目覚めたとき
マトリックスの意味を
体感として
理解したのでした
最後まで読んでいただき、ありがとうございます
現実は
訳もなく起こっている
のではありません
自分の中のエネルギーによって
作られています
嫌な現実を変えようとしても
うまく行きません
でも
嫌な現実について
自分の中で反応している感情を癒すと
以前ほど大変でなくなります
もっと癒されると
嫌な現実に
影響されなくなります
そうなると
嫌な事が起こらなくなっていきます
その時
人は
現実というのは
自分の中のエネルギーが
外に映し出された映画のようなもの
という事を
思い出します
あなたも過去の傷や感情を癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自分に戻りませんか?
そして
本当にやりたいことを思い出し
自由で楽しく豊かな人生を
創造しませんか?
いつも応援しています
愛と感謝と共に
Deva Ambho


