最近、OSHO関係の古い知り合いから、メッセージが来た。そして、いつの間にかOSHOの世界が遠い過去になっていたことに氣づいた。
思えば遠くに来たもんだ
Deva Ambho(デヴァ・アンボー)と言う名前は、2001年2月、インドに在るOSHOのアシュラムで深く瞑想した後に、この内なる道を行こう!と決意してもらった名前。
それまでも既に3、4年ほど、日本でOSHO関係のワークを受けたり、瞑想会やワークショップに参加して、他のスピリチュアルとは次元が違うのを感じ、OSHOワールドにドップリと浸かり探究を続けていた。
が、名前をもらう氣にはなれなかった。
そして、不思議な流れでインドへ導かれたのだった。そして、3週間の瞑想のグループミスティックローズに参加したあと、この内なる道を進むと言う覚悟で、テイクサニヤスして名前をもらった。以来、この名前が本名だ。
その後もひたすら探求し続けた。
しかし、それではダメだった。
それでは、毒親とのことから自由になれなかった。
そして、超えた今、OSHOの世界が遠い過去になっていた。
mixiやFacebookに、OSHOの講話を投稿してくれる人がいて、毎回読んでいたけど、もうずいぶん観ていない。
そして、今回メッセージをくれた人の投稿で、OSHO関係の人たちが今だに集まってる写真を観ても、今だに井の中の蛙なのかと感じるし、尊厳死を選んだ人の話を観ても、そうなるよねと感じる。
本当に真剣に求めるなら、いつかはその世界を超える時が来る。それが来ないと言うことは、真剣でなく、ぬるいまま過ごしていると言うこと。
真の師の目的は、崇められることではなく、追従されることでもなく、超えたものへと導くことだから。
そんな事を思う梅雨の中休み