毒親とのことを超えるまで
癒しても癒しても超えられず
瞑想しても瞑想しても超えられず、
何でこんなにも酷い親を選んで生まれてきたんだろう?
そう思っていた。
でも、超えてみてわかった。
人は、これ程までの苦しみを抱えていないと、『本当の自分に目覚めたい』という真の欲求を感じること無く、外側のいろんな物事に氣を取られ、いろんなことに流されて終わってしまう。
それくらい、自我の引き戻す力は強い。
体が壊れて死にかけて、
サトルボディヒーリングに出会い救われたのが、2008年12月。
そして、2009年7月から、サトルボディヒーリングのトレーニングに参加した。
2011年3月、震災の中、トレーニングを修了した。
その後も年3回あるトレーニングのシーズンには、アドバンスなトレーニングに参加し続け、同時にサトルボディヒーリングのトレーニングの再受講もしながら深めてきた。
その中で、サトルボディヒーリングの同期や先輩や後輩いろんな人と一緒になる、
毎回同じようなことで悩んでいる人が多くいて、『何でヒーリングしないんだろう?』と不思議で仕方なかった。
でも、おそらく、そんなに苦しくないと、折角トレーニングに入っても、日々の生活の中でそんなに真剣にヒーリングしないんだと思う。
そして、外側のいろんな事に流されて、大して変わらぬまま生きていく。
でも、酷い親を選んで、酷い苦しみを味わうと、その苦しみから逃れたくて必死になる。
その状態でトレーニングに入ると、苦しさのあまり、苦しさから逃れたくて必死にヒーリングし続ける。
苦しくて眠れないから、寝る間も惜しんでヒーリングする。
そして、ヒーリングすると、楽になる。
それを毎日毎日続けると、感情が活性化して浮かび上がってきてるのに、そのまま放置しておくなんて、気持ち悪くてできなくなる。
だから、感情が浮かび上がってくる度にヒーリングすることが習慣となる。
そして、ハートチャクラを中心としたサトルボディヒーリングでは、8年癒し続けても、毒親とのことは超えられない。
だから、さらに深く瞑想して、背後に在る本当の自分に目覚める必要があった。
ここに戻るためには、
あんなにも酷い親を選び、
15歳にして、
『このままこの家にいたら、アイツ(父親)を殺してしまうか、俺がアイツに潰されるか、どちらかだ、』
と感じるほどの苦しみが必要だった。
そして、自ら選んだ課題があまりにも強力過ぎて、何度も何度も諦めて死のうかと思ったけど、痛いのも怖いのもダメで、死ねなくてよかった。
そして、超えてみたら、すべてのことはよかった。
本当によくできたシナリオだった。
本当に必要なサポートは、いつも与えられていた。
そして、自ら選んだ課題を自ら超えることができてよかった。
と、心底感じる。
毒親万歳♪
