こんばんは、Ambho(アンボー)です。
この一か月くらいの間、いろんな事を体験していて、書きたいことがたくさんあるのですが、そういう時はなかなか文字にならないものです。
それでも、記録として書いておこうと思います。
先ずは、久しぶりに両親とのことを。
人間、問題な時は意識が向きますが、問題でなくなると全く意識が向かなくなり、それが当たり前のようになってしまうものです。
父親とのことが全く問題でなくなった時、背後で父親と対立するように仕向けていた母親とのことが浮かび上がってきました。
これは、実家に戻って彼らのやり取りを観なければわからないことでした。
ずっと長い間、父親とのことがあまりにも大きかったので、母親とのことはその陰に隠されていました。
なので手付かずだった分しんどく感じました。
ましてや、幼い頃から味方だと思っていた母親が、実は黒幕っだったという事実は、受け入れ難いものでした。
不思議なもので、そんなタイミングで父親が転んで入院しました。
右脚の大腿骨の角を剥離骨折していた父は、入院後ずっと寝ていまいた、
その前の週は、近くの歯医者に行く際に、軽いジョギング程度に走れるようになっていたのに、これで寝たきりになってしまうのかと思うほどでした。
結果、母親とのことに向き合わざるを得なくなりました。
正直、入院当初は、この環境を疎ましく思いました。
始めの内は、母親の存在そのものが嫌で受け入れ難く感じました。
そして、一緒に住んでいるこの状況を呪いました。
が、ただただ自分の中で反応している感情や間違った信じ込みを癒していくだけで、母親はそのままでも問題ではなくなりました。
すると不思議なことに、私が話していたようなことを母親も言うようになり、別人のようにまともになりました。
これは正直ビックリでした。
相手を変えることはできないし、変える必要もない。
問題は相手ではなく、自分の中で反応している感情や間違った信じ込み。
だから、自分の中で反応している感情や間違った信じ込みを癒せばいい。
そうすれば、問題も溶けて消えていく。
という事を再確認する出来事でした。
これ、今までも何度も何度も自分自身の体験を通して理解していたし、クライアントさんの体験を通しても幾度となく体験して理解していたのですが、あの強烈な父親や母親に対してそれが起こると何とも感慨深いものです。
多分これって、小さい頃からものがたくさん蓄積されていたからだと思います。
そう、あのゾウとボロロープの話ですね。
無意識に無力な子供の時のように大きな問題として見えてしまうようです。
そして、母親とのことも問題でなくなってくると、今度は父親も回復してきています。
医師の指示では、まだ移動は車椅子ですが、痛みもかなり治まってきて、部屋の隅にある洗面台まで歩くのも大丈夫になってきました。
昼間は座って絵を描いたり、日に二、三度リハビリをしたりして、本人はいたって元気です。
そして、もう退院する気満々です。
家族というのは、最大の試練を与えてもくれ、それを超えていくためのサポートでもある。
この流れに感慨深いものを感じます。
15の時、
「このままこの家にいたら、俺が父親を殺してしまうか、俺が潰れてしまうか、どちらかだ。」
そういう思いで家を出ました。
そして、「実家に戻るくらいなら、野垂れ死んだ方がマシだ。」とずっと思っていました。
そう思っていた時には、無意識に「有能でなければならない。」そう信じ込んでいました。
そして、頑張って努力して有能でいても、報われない人生でした。
そして、父親についての恨みが癒されたら、自分が無くなったかのように感じました。
何せこの50年の基盤だった父親への恨みが癒されてしまったのですから、いったい今までの人生は何だったんだろう、というような感じでした。
そして、背後に隠れていた母親とのことも癒された今、人生を一からやり直している感じです。
何にもしていなくて、何も役に立っていなくても、そのままでいていいんだ。
という赤ん坊の時代からやり直しているような気分です。
そして、それをそのまま受け入れている。
その中で、新しい繋がりも始まっています。
それがどこへ導くのか、
何を目指しているのか、
また変化があったら、ここに記しておこうと思います。
