実家に帰省する前日、初めて来て深い癒しが起こったタブの木にお礼に来た。
そして今日もまた、この7年一緒に居てくれた彼女が切っ掛けとなって深い癒しが起こった。
お金って愛なんだ。
「俺が食わしてやってるんだから、俺の言うとおりにしろ」は、本質的には愛の表現だったんだ。
でもその愛は、たくさんの傷や感情や間違った信じ込みに覆われていて、そうとは想えなかった。
どんなに疎まれようとも、どんなに反抗されようよとも、どんなに恨まれようとも、どんなに無視されようとも、どんなに裏切られようとも、決して変わることのない愛というものがあるんだ。
結局俺は、
これでも俺を受け入れてくれますか?
これでも俺を愛してくれますか?
ということをしていだけなのかもしれない。
そして、いつも受け入れられていたし、愛されていた。
ただ俺が、たくさんの傷や感情や間違った信じ込みを抱え、恨み続け苦しみ続けていただけなんだ。
そう、問題は、俺の中にあったたくさんの傷や感情や間違った信じ込みだった。
上京してきた本当の理由は、それらが癒されるものを見つけ、それらを癒し尽くし、再び戻るためだったのかもしれない。
来る度に深い癒しが起こる聖地、滝ノ入タブの木
