父親に対する恨みに氣づき、受け入れ癒された翌日、6年ぶりに実家に帰って来た。
前回帰って来た時は、たしかサトルボディーヒーリングトレーニングの1年目の時。
正確に言うと、昨年暮れに父親が2回目の脳梗塞の後後遺症が残っていると聴き、帰省することを決めた後、恨みが浮かび上がってきて癒された。
そして帰ってみれば、これまでずっと、「この家に、俺の居場所はない。」そう感じていたのが嘘のように寛いで馴染んでいる。
そもそも15歳で家を出た切っ掛けは、力試しで受けた陸上自衛隊少年工科学校に合格したことだった。
地元には、普通高校か工業高校か私立高校しかなかった。
俺は戦闘機乗りになる、それしかなかったので、
何となく工業高校に行く動機もなく、普通高校に行こうと思っていた。
しかし、毎日朝早く学校に行って受験勉強をしている高校生を見ていて、おかしいんじゃないか、そんなガリ勉なんか柄じゃないと思っていた。
そして、一番の理由は、父親との仲が悪かったからだ。悪かったと言うよりも最悪だった。
「お前はダメだ、俺の言う通りにしろ」
「俺が食わしてやってるんだから、俺の言うことを聞け」何時間も正座させられそんな風に言われ続け、溜まりに溜まった怒りで一杯で、このままだと俺が父親を殺してしまうか、俺が潰れてしまうかのどちらかだ。
そう思っていた。
そして、陸上自衛隊に行けば、給料もらって俺は自由だ、そう思って家を出た。
しかし、それは夢に過ぎなかった。
当然ながら全寮制の自衛隊の中の高校に自由がある訳がないと気づいたのは、入校式の夜だった。
そして、父親に対する怒りはその後の人生にとても大きな重石となった。
その怒りは更なる怒りを感じさせる人や状況を引き寄せ、さらに怒りを感じさせられ、激しい怒りゆえ出してしまうと殺してしまいかねない。
故に必死に抑え込む。
そうやって怒りを蓄積し続けた。
生き辛さから、20歳の頃から精神世界、今で言うスピリチュアルな事に興味を持ち、いろんなところに行き、様々なワークショップやセミナーやセッションを受けた。
しかし、トラウマを思い出させられ追体験させられるものばかりで、癒されるものはなかった。
故に、忘れていたことまで思い出させられ反って苦しくなるばかりだった。
本当に追体験するだけで癒されないものは最悪だ。
それは、震災の後、テレビで何度も何度も津波の映像を見てトラウマになる人の何十倍も危険なものだ。
今にしてみたら、そういった追体験するばかりで癒されないもののお陰で、さらに苦しむことになった。
しかし、今となっては、それだけのものを抱えていたら、中途半端なものでは癒されることはなく、結果、本当に癒されるものに出会えたと言える。
そしてさらに時は経ち、深く瞑想し内なる平安や安らぎ静けさを見つけた後、激しい怒りや恐怖を感じさせられる事が次々起き、体が壊れて死にかけた。
そして、もう死んでもいいと思いながらも、なぜこんな事になったのか、その原因を知らねばまた来世で同じ事を繰り返してしまう。
その思いから、答えを求めていろんなところへ行った。
が答はなく、体は日に日に痩せていき、この体はもうすぐ死ぬんだな。ならばそれにも気づいていよう、そう覚悟したときサトルボディーヒーリングに出会った。
そして、トレーニングに入り、激しい怒りや恐怖が練り込まれた粘土のようなエネルギーが左下腹部にあり、それが体が壊れて死にかけた原因だとわかった。
そのエネルギーは、トレーニングに入って2日目の自分には手に負えないものだった。
だから、講師のPrasad(プラサード、元ワドゥードゥ)に個人セッションをお願いした。
そこで観えたのは、体が壊れて死にかけたのは、ある過去生での死に至るまでの経緯をそっくりそのまま追体験していたということだった。
カルマとはこういう事か!そう理解した瞬間だった。
この時42歳だった。
精神世界を旅して22年掛かってやっと、本当に癒されるものに出会えた瞬間だった。
その後、8年間癒し続けてやっと、一番底にあった父親に対する恨みが浮かび上がってきて、癒されたのだった。
そして、それが癒された後、実家に帰って来たら妙に馴染んで寛いでいる。
実家を出てからの35年が夢だったかのようだ。
今までの人生は、いったいなんだったんだ?そんな思いだ。
いや、この35年という長い夢から覚めたかのようだ。
自分だと思っていたものが
無くなったかのようだ。
ここには自分の居場所はない。
この世界に自分の居場所はない。
そんな風に感じていたのが嘘のようだ。
何処にいても、今自分が居るところが今の居場所だ、そんな感じに寛いでいる。
何処に行っても寛げそうだ。
歩くのもおぼつかない父親と、年老いた母親を見て、ここに暮らしてもいいか、そんな風にさえ思っている。
これまで自分の中で反応している感情や間違った信じ込みを癒す度、それまでの人生とはギャップを生じ違うタイムラインにシフトしていたが、今回の恨みはこの35年が夢だったかのように感じるくらい強烈だ。
人は、蓄積された感情や間違った信じ込みを通して人や世界を見ている。
それが癒されると、まるで別人まるで別世界のように感じる
それには、自分の思いが人や世界に影響を与えているとも言える。
しかし、こんなにも違うと面食らってしまう。