全開でYES! | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。

 
 
幸か不幸か現代人は、日常生活を生きるのに、指先程度のエネルギーで済んでしまいます。
 
しかし、全開になって初めて入るスイッチもあります。
それが、喜びや歓喜に溢れるダイナミックなダンスであれ、全身でNOを叫ぶことであれ、素晴らしいものです。
 
人は、ボジティブとネガティブ、天国と地獄、その両極を含み超えた存在なのですから。
どちらにも全開になってそのままの自分にOKを出せるとき、神聖で精妙な世界にも開けるようになります。
 
そんな事を体感した日でした。
 
 
 
 
 
今月頭に参加したリーラスペースのリトリート。
そこで、ダイナミック瞑想やクンダリーニ瞑想といったOSHOが作ってくれた瞑想の数々を、氣づき、ビーイング、魂といったこれまでとは違った次元から体験しました。
 
その体験で、OSHO瞑想の素晴らしさを体感として理解しました。
これ迄幾度となく体験しながら、それが何なのか誰も説明してくれる人もなく、もしかしたら、誰も誰も知らなかったのかもしれません。
 
 
 
以前はそういった瞑想をした後、氣づいてビーイングに寛ぐ事が起こっていながら、それが何なのか全く氣づいていませんでした。
そして、それが起こっているときは当たり前のようにも思っていました。
 
故に、それに価値を認めることも出来ず、いつの間にか遠退いていました。
そう、ずっと海の中に入ると、海の素晴らしさを忘れてしまうようなものかもしれません。
 
 
 
 
 
そうそう、リトリートでは、体を使った瞑想の素晴らしさも氣づき、ビーイング、魂の次元から再体験しました。
体を使った瞑想をしないと、あちらの世界だけでこちらの世界との繋がりを失ってしまいますから。
 
 
 
もう20年位前、初めてOSHOの世界に入った頃、それまで10年位馴染んでいたいわゆるスピリチュアルな世界の人たち違って浮わついておらず地に足が付いている感じに感動したものでした。
 
しかし、それもずっといると、いつの間にか当たり前になって忘れちゃうんですよね。
 
そして、新たな次元からその素晴らしさに氣づくと、忘れられなくなる。
面白いものです。
 
 
 
 
 
そして、その素晴らしさを実感したあと、以前行っていたタントラ瞑想会も同じだな、そう感じ1年半ぶりで参加して来ました。
そして、自分自身の変化も確認できてとてもいい体験でした。
 
そうそう、行かなくなった切っ掛けは、あまり好きな曲がかからなくて全開で踊れない事が続いたからでした。
多分人一倍全開になれるストライクゾーンが狭かったんですよね。
大地に轟く低音から空高く舞う高音までないとスイッチが入らない。
そんな感じでした。
 
 
 
しかし、今日は全開で踊れる曲のオンパレードで、まるで俺のめに用意したくれたの?と思うくらいでした。
あまりのオンパレードにちょっと付いていけず、1年半というブランクを感じさせられる程でした。
(決して年のせいではないという意味ね。)
 
 
 
 
そして、今回は、YESとNOを全身で表現する機会もあり、どちらも全開で楽しみました。
 
普通の人は実生活でNOを表現する機会はあまり無いかもしれません。
私は今時の日本人っぽくないので、結構言うんですけどね。
 
それでも全開で言うことはないので、氣持ちいいものでした。
ハラの底から全開で声を出す、これもまた氣持ちいいものです。
あまりに全開過ぎて、終わったあと踵の骨が折れたかと思うくらいの痛みでした。
 
そして、YESは、自分自身についてだけでなく、すべての人、すべてのもの、すべてを包み込む大いなるものについてのYES。
これ迄体験したことがない境地でした。
それが体を通して表現されるのはとても氣持ちいい体験でした。
 
 
そうそう、全開で踊るとき、激しく踊れば踊るほど意識が冴え渡り、自分の体だけでなく周りの人たちの動きにも氣づいて調和していく。
この氣持ち良さは、何度体験してもいいものです。
これもまたこれまでとは違った次元から氣づいていました。
 
 
そして、最後に二人づつ組んでのハミング。
これは、言葉にならないものでした。
この感覚を持って人々と出会えたなら、
世界は全く違って感じられることでしょう。
 
そんな素晴らしい日でした。
 
 
 
 
 
そうそう、前の記事、シリーズの途中で止まっています。
全部繋がるように余裕をもって予約投稿で書いていたのですが、途中で内側に引き込まれセルフリトリートに入ってしまいストップしてしまいました。
 
なので、続きはまた内なる流れが来たら。
 
実際あの記事は、よくランチを食べに行くお店での会話をもとにもじにしようとシタンデスケドネ。
 
必要とする人が目の前にいたら、幾らでも話せるし、体験にもガイドできるんですけどね。