3月の一瞥体験以来、旧友の助けを借りながら、対象に氣づいている意識に氣づいていること、すべてに氣づいている意識に氣づいていることをただひたすら深めてきました。
一日の内の空いている時間のほとんどをその事に費やしてきました。
それは、努力や苦行といったものではなく、ただそうしたいからする、ただ氣持ちいいからする、といった感じでした。
3週間前のある事件から、その変化が加速しました。
そして、夏至以降、景色の変化に驚いています。
これまで頼りにしていた存在が、いつの間にか自分の中から消えていたり、
既に内側で体験し見つけていた答の方が、これまで頼りにしていた人の答を超えていたり。
驚きと、寂しさもあるのですが、
「やはり答はこの胸の内にしか無いんだよな。」
「本当に頼りになるのは、この胸の内に在る自分とは言えない何か広大無辺なものしかないんだよな。」
と、納得するものがあります。
守、破、離、
という好きな言葉がありますが、
いつの間にかこの8年深め続けていたものを超えて離れてしまっていました。
毎日ただただ、今する必要のあることを深め続けていただけなんですが。
そう、守、破、離、
それは、破ろうと思って破れるものではありません。
離れようと思って離れるものでもありません。
ただ一心にそれ深め続けている内に、氣がついたらそれを超えていて、氣がついたらそれを離れてしまっているのです。
なぜなら、私たちは無限なる意識(光)が、体を通して現れたものですから。
どんなに素晴らしいものでも、深め続けているなら、やがては制限になります。
今回の夏至のタイミングに向けて、着実に準備されてきて、乗り換えが始まったように感じています。
すべてに氣づいている意識に氣づいている、
これはすべての物事を、特にネガティブな物事を意識の目覚めへと変容してくれます。
沸き上がってくる傷や感情やブロックや間違った信じ込みを受け入れ変容し、
源から湧き出してくるものに満たされ幸せで在りながら、
起こるままに表現し分かち合っていきたいと思います。
それにしても、以前は星読みなど全く氣にしてなかったのに、この人の星読みは侮れません。
ふと思い出して見る度に、納得するものがあります。