氣づきと体の変化 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

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魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。

  

こんばんは、Ambho(アンボー)です。

 

 

 

3月後半の一瞥体験以来、対象に氣づいている意識に氣づいていることを日々深めて3ヵ月が過ぎました。

 

その間、ハート瞑想やチャクラを使った瞑想では浮かび上がってこなかった傷や感情やブロックといったものが、たくさん浮かび上がってきました。

 

そして、それに氣づいて、感じて、感じている意識に氣づいているだけで、どんどん溶けて消えていきました。

 

 

 

 

 

今日は、その中でも、先週起こった体の変化について記録しておこうと思います。

 

対象に氣づいている意識に氣づいていると、急に右膝の痛みが浮かび上がってきました。

 

それは、このまま感じていると膝がどうにかなってしまうのではないか、と思えるような痛みでした。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その痛みはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

それにただ氣づいていると、その痛みは20年以上前の自動車事故で痛打した時のものだったと理解が起こりました。

 

 

 

 

 

また別の日には、急に右足の親指と足首の間を繋ぐ骨に痛みが走りました。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その痛みはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

 

 

 

 

次に、右足の母指球周辺の筋肉に痛みを感じました。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その痛みはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

すると、外反母趾で親指の付け根の骨の位置が足裏側に引っ張られ、内側に入り込み、下に出っ張っていたのが、ゆっくりと外側に開いていき、元の意位置まで上がっていくのを感じました。

 

 

 

 

 

次に、右足の人差し指に痛みを感じました。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その痛みはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

 

 

 

 

これらの変化にただ氣づいていると、その痛みは10年前に押し入れを開けた時に、中の足元から何かが倒れてきた時に、横着をして足でスッと中に立てようとした際に、畳と敷居の僅かな段差に人差し指の先を痛打してしまった時のものだと理解が起こりました。

 

ぶつけた時の痛みは強烈でした。

 

正直、ヒビ入ったかな?と思うほどでした。

 

そして、2,3週間経っても痛みが一向に治まらず、本当に心配になって整形外科を受診したほどでした。

 

レントゲンを撮ってもらったのですが、骨には異常なし。

 

しかし、それから数か月、右足が地面に当たる度に激痛を感じる日々でした。

 

 

 

 

 

なので、自然と足先を庇うような歩き方になり、それが原因で外反母趾になってしまったのでした。

 

また、人差し指は、第1関節も第2関節も固まったままで動かなくなっていました。

 

 

 

 

ちょうどその頃は、整体に通って、足の親指が全身に影響することを知り、靴の履き方を改めたり、家の中ではスリッパを止め、鼻緒付きのスリッパにしたりして、足の指に氣を付けていて、全身のバランスもかなり変わってきていた頃だったのでショックな出来事でした。

 

 

 

 

 

そして、対象に氣づいている意識に氣づいていることの中で、人差し指を突き指してから、親指の付け根が足裏側に引っ張られ、内側へ入り込み、外反母趾になった過程を巻き戻すように元に戻って行ったのでした。

 

なるほどなあ!

と思いながらも不思議な氣分でした。

 

 

 

 

 

そして、人差し指の第1関節も第2関節もかなり自然に曲がるようになりました。

 

10年以上鉄のように固まっていたのが嘘のようです。

 

そして、立った状態での右足の母指球の高さも、左足と同じ高さに戻り、セッションで立ったまま軽く前屈みになっていても痛みや違和感が全くなく、足裏全体がふっくらと軟らかくなって氣持ちいいです。

 

 

 

 

 

 

その後、ハラセンターの辺りに強く収縮するエネルギーを感じました。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その痛みはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

溶けて消えて行った瞬間、とっても臭いオナラが出て、その強烈さに笑ってしまいました。

 

 

 

 

 

その時以来、まるで、体の中に温泉が湧き出して来て、とっても氣持ちいいバッチリな温度のお湯に内側から満たされ、幸せな状態が続いています。

 

そして、それに氣づいている。

 

すると、体全体がエネルギーに満たされ、ふっくらと膨らんでいるような感じになります。

 

そして、このまま何も食べなくても生きていけるかも。

 

そんな感じになります。

 

でも、それを実験するのではなく、楽しむために食べるんですけどね。

 

 

 

 

 

以前、何かで観たんですが、世の中には飲まず食わず出さずで何十年も生きている人がいるそうです。

 

その人も、この内なる源泉に繋がって、満たされて幸せな状態がさらに深まって、自分という個が完全に消えてしまった人なんだろうなと勝手に想像しています。

 

 

 

 

 

さらに別の日には、右の座骨の上に固く収縮するエネルギーを感じました。

 

それにただ氣づいていて、感じていて、感じている意識に氣づいていると、

 

その固まりはゆっくりと溶け始め、だんだんと溶けて消えていきました。

 

溶けて消えて行ったあと、右の座骨が上がってきて、左の座骨の高さに近づいてきました。

 

それまでは、右の座骨が下がっていて、椅子から立ち上がった後には、観後の座骨の後が大きく凹んでいました。

 

それが、だいぶ左右が揃う感じになってきました。

 

 

 

 

 

体もエネルギーと言いますが、その理解がさらに深まった一瞬間でした。