答は自分自身の中に在ります。
それは、考えてもわかりません。
ただ感じることができるだけです。
すべての物事は、
答を覆い隠しているものに氣づかせてくれるか、答を指し示すために現れます。
それを活かすも無駄にするも自分次第です。
自分自身の人生にどれだけ責任を取るかが鍵です。
他の人に氣を取られることは、自分自身の人生を生きることからの逃避です。
私たちは、誰もが自分の人生の主役なのです。
わざわざ他人の人生を観察しに来た訳ではありません。
自分の足でしっかりと立ち、自分自身の人生を歩いていくことは怖いものです。
他に誰も責任をとってくれる人はなく、誰も何も保証してくれるものもないのですから。
その怖さに比べたら、他の人たちに合わせ集団の中にいて、他の人たちに氣を取られていた方がマシに思えるかもしれません。
でも、何のために生まれてきたのでしょうか?
いつ、それを思いだし立ち上がり、自分の人生を生き始めるのでしょうか?