思考と言うのは、自らに言い聞かせ、自らを欺くもの。
そして、束の間の安らぎに甘んじる。
苦しみの原因である傷や感情や思い込み、
そういったものは、もう手放した、もう流した、と言い聞かせ、束の間の安らぎに甘んじる。
しかし、傷や感情や思い込みと言ったものはエネルギー。
エネルギーを観るなら、それが未だにそこにあり、苦しんでいることは、一目瞭然。
しかし、もう手放した、もう流したから大丈夫と、言っているということは、
まだ、それを受け入れ変容する覚悟ができていないと言っていること。
故に、今はただ、見守るのみ。
受け入れ、変容されたなら、
手放す必要もなければ、流す必要もない。