いつの頃からか、Facebookで流行っている記事に、
「プロに、ただで頼んではいけません」
というものがある。
この手の記事、見る度に違和感を感じる。
そんなことを言っていて、本当にプロと言えるのだろうか?
そもそも、何のためにやっているのだろうか?
とも感じてしまう。
同時に、可哀想でもある。
なぜなら、自分が提供するものに価値を認めることができていないから。
だから、周りの人も価値を認めることができていないのだから。
にも関わらず、相手について
「プロに、ただで頼んではいけません」
と、書いている。
それを第三者に訴えて、何になるというのだろう?
少なくとも、その相手に直接言う方がいい。
「これには、これだけの価値があるのです。」
「あなたには、それが分からないのですか?」
と。
そして、本当に自分が分かち合うものに情熱とエネルギーを注ぎ深め続けているなら、
その価値が感じられない人には、執着する必要などないだろう。
そして、本当のプロなら、なぜそれを分かちあっているかに迷いはないだろう。
それは、自分自身だけのためではないはずだ。
ましてや、お金のためだけではないはずだ。
そうならば、
「たとえちょっとでもダメだ」
と言う言葉も、出て来ないだろう。
ちょっとしたことでもお金に換算しようとするのもまた、自分自身が提供するものに価値を認めることができていないからだから。
そして、中には本当に素晴らしいものを提供していても、それに込められている自分自身のエネルギー、
本質や強味・長所・才能の価値を認めることができない人もいるかもしれない。
それも、よくある話。
なぜなら、私たちは、
「出来て当たり前だ」
「出来なければ、価値はない」
と思い込んでいるから。
しかし、それは思考の考えに過ぎない。
解決は、瞑想の深みの中で、意識の一番外側にある思考から離れ、意識の深みから自分自身の本質や強味・長所・才能を直接観ること。

すると、本質や強味・長所・才能を直接観て・感じて・触れることができる。
すると、それに価値を与え認めることができるようになる。
すると、それは更に成長し、さらに分かち合えるようになる。
そして、その分かち合うことで満たされるようになる。
そうなれば、周りの人たちも、提供されるものに自然と価値を感じるようになる。
そうなれば、
「プロに、ただで頼んではいけません」
などと言う必要なんて無くなる。
私の場合は、サトルボディヒーリング・トレーニングを修了し、セッションを分かち合い始めたとき、値段を付けることができなかった。
なぜなら、サトルボディヒーリングというものは、自分がしているのではないから。
ヒーリングは、しようとすれば起こらない。
それは、起こるものだから。
だから、それに値段を付けて対価としてのお金をもらうことに抵抗を感じた。
しかし、それは自分自身を死の淵から救い、光へと導いてくれた。
そして、同じように苦しみ、同じように可能性を秘め、必要としている人がいるなら分かち合いたいと思った。
そこで出てきたアイデアは、値段は受けてくれた人に付けてもらうというものだった。
いわゆる、ラブオファー。
あなたが、受け取ったと感じるだけの料金をお支払ください。
というもの。
結果、どうなったかというと、
その時来てくれた人たちは、みんな1万円を払ってくれた。
ヒーリング中に、その人の表層にあった苦しみの原因である傷や感情が癒されるのを観て、感じている。
そして、傷や感情が癒されたあと、隠されていた本質のエネルギーが体を通り抜けて輝き出すのを観ている、
そして、受けてくれた人からのフィードバック。
そのすべてに気づいていると、自然と
「1万円です。」
と設定できるようになった。
そして、さらに日々深めていくと、ある時
「これは、1万円以上の価値がある」
と、多く払ってくれる人が増えてきた。
なので、自然と1万二千円になった。
その後、
「90分12,000円なのに長くやってもらっても同じ値段では悪い気がする。」
と言う声をたくさんいただくようになったので、
それでは、せっかく起こったヒーリングの効果をすべて受け取ってもらえない。
と、二時間を超えたら15,000円という設定を設けた。
関連する過去記事はこちら。
http://ameblo.jp/devaambho/entry-11510816839.html