パリイの窓


アパルトマンの

長細い窓


中庭を挟んだ

森に近い棟には


煙突のついたトタン屋根
そこにある小さな窓
小さな植木鉢にはクレマチスが
紫の花を咲かせている
奥で
湯を沸かす
ブヨワールの湯気が見える


通りに近いあの窓には
テーブルで
刺繍をする女性の姿がある
窓辺には
ランプと古い灰皿
あくびをして
クッションを抱いてひと休み


あっ
あの窓には
大きな犬が
爽やかな外気を嗅いで
笑っている

わたしも
笑う

犬は
長い毛を揺らして
優しく吠えた


そして
あの窓には
一昨日まで喧嘩していた夫婦が
引越して
何もない
キッチンが見える

何もない
お皿も
スポンジも
洗剤も
何も

そして
人影も


人の人生も
こんな風に
跡形もなく
消えてしまうのだろうか


着ていた服も
靴も
帽子も
靴下も
シャツも
消えて
どこへゆくのだろう


大切にしていた
ビンテージの缶カンや

レコード
友だちの写真
お母さんからもらったハンカチや

大好きだった人の手紙


ああ生きていた証拠
それは
どこへ
消えてゆくの


こんなにたくさんある窓に

大切な人たちが
みんな
生きている


それぞれの愛しい物や思い出を抱いて

喧嘩して
仲直り
笑って
泣いて

さよならと
ありがとうを
繰り返す


無数の窓辺に

沢山の数え切れない窓辺に

愛をおくります


あなたが幸せでありますように

知らない
あなた

慕わしい
どこかの
あなた

あなたがその窓辺で
光にあたり
健康で
幸せでありますように


その命を
閉じる時まで
あなたが愛を感じますように


わたしも
パリイの
ひとつの窓から

おごそかに
愛を

おくりま