雪に咲く

赤い椿



ある冬の日に生まれ


細い両手に抱かれた赤子は

弱々くも美しい嬰児であった



その日

風は吹き


真白い空は
銀色の光に満たされていた

一歳になる頃
母は病弱で
子どもを実家に預けた

父は
どこか
寂しい街の酒場に
心許す人を求め
やがて
姿を消した


母は
女であった

女はひとりになった


一歳の娘は
縁側に座り
草を眺めていた
小さな菫が咲いていた

心に
紫色の染みができた


娘は
祖母と
祖父のもと

靴を揃え
机を清め
床の間に花を飾った


夜がきて
暗闇に
黒いカラスを見た

心に
黒い
染みができた


嵐かきて
窓ガラスが割れた

水色の
影が
心に染みをつくった


母は女であった

子どももまた
女であった


時は
二人を隔てながら

同じ雨に打たれた


娘は少女になり
女になった


幸せになるために
嘘をついた

それを
咎める者もないほどに孤独たっだ


母もまた
嘘をついた

おそらく
誰も気づかないほどに
その女も
また孤独だった


生きるために
無数の染みを心につくった


その
女たちは
小さな箱の中から
歪んだ世界を見ている


傷だらけの心から
世界を見ている


瞳の前には
無数に染みのある世界がある


優しい眼差しの下の
悲しみ

美しい佇まいの中の
憎しみ

滑らかな肌に浮かぶ孤独


癒しようもない
触れようもない
溶けることのない
冷たい
孤独


その女たちの

本当の姿を知って

本当の生き様を知って

……

言葉では追いつけない


灰色の
スクリーンのこちら側で

頭を下げるでもなく
抱きしめるでもなく
共に泣くでもなく
怒り去ってゆきたいでもなく
軽蔑するでもなく
赦しを乞うでもなく
あざ笑うでもなく

優しい言葉をかけるでもなく

ただ
血の流れる
女たちの傷を

見ている


それは愛なのか
友情なのか
憐れみなのか
共感なのか
親しみなのか

どれでもない

ただ畏敬の気持ちが溢れる


人生を生きてきた

どんな手段を使ってでも生きてきた

強い命への

強い意志への
静かな
畏敬の気持ちだ