スコットランドにキリスト教が入って来た2番目のルートはアイルランドからのものだった。すなわち、コルンバによって563年にもたらされた。彼は王族の血を引く聖職者で、2つの宗派の創設者だった。しかし、その気高い精神、すなわち、過度な情熱は、内乱や、スライゴー付近におけるクールドレヴニーの戦いに結びついていった。彼は、断罪されたか、自らに懺悔を課したかによって、12人の仲間とともに自らアイルランドを去り、ハイ島(訳注1)に家を建てた。 ハイ島の名は、アイオーナ(インスラ)という形容詞形で残っている。コルンバは、その名声、優れた才能、揺るぎない信仰心、高い演説力を武器にして、スコットランド人の眠っていたキリスト教熱を再び目覚めさせただけでなく、おそらく布教というよりはむしろ外交の仕事で、ピクト人の地に入った。(ついでにネス湖で怪物の退治もした。)彼は597年に亡くなる前に、アイオーナを急速に増加する教会の中心地にした。
(訳注)
1.ハイ島:今日のアイオーナ島。アイオーナ島は、スコットランド西海岸沖のインナー・ヘブリディーズ諸島の島の一つ。