1/(i)/2章/『スコ史』 | 藤原の田中のブログ

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 (i)共通の背景

 ローマは統一という観念を残していったのかも知れない。たしかにピクト人、スコット人、ブリトン人らケルト民族には多くの共通点があった。ウェルシュ語の民話とゲール語の民話には非常に多くの相似点がある。ピクト芸術がその発達した形において利用している一連の形像と象徴は、アングル人の伝統、ケルト人の伝統、両方から影響を受けた国際的なものである。また、原始ウェルシュ語と原始ゲール語はまったく似ていないわけではなかった。現存するいかなる証拠も、スコット人、ピクト人、ブリトン人の政治的、社会的構造は多くの点で共通していることを示している。すべてが部族王国の中で組織され、社会の基盤は小規模農家であり、そこには血縁で結ばれたグループが住んでおり、ある程度の土地に囲まれており、そのうちのほんのわずかな部分が耕作されており、残りは、まったくの荒野でないときは放牧に使われていた。各村の土地は、量的に一定ではなかった。 牧畜社会では、個人の借地に境界線をもうける必要はあまりなかった。 族長は村全体を所有していたかも知れない。 族長やその近親者が土地や土地に対する権利を獲得し、特権的な立場にあったことはたしかだった。古代ピクトランドの土地制度に関するたくさんの証拠が、ディアの書(9世紀、ラテン語)(訳注1)のゲール語の追加部分(1150年頃)に現れてくる。この追加部分には、かつての州ごとの副王的立場にあったと考えられるモーメアー(大執事)(訳注2)と、のちの「セイン」(訳注3)と同等と考えられるティーシャッハ(訳注4)によって修道院に与えられた贈り物が記録されている。

(訳注)

1.『ディアの書』は10世紀のラテン語福音書で、12世紀初頭にラテン語、古アイルランド語、スコットランド・ゲール語で加筆された。スコットランドに現存する最古のゲール語文献。(ref:Wiki, Eng, 'Book of Deer')

2.モーメアー:

 中世初期のスコットランドでは、モーメアー(mormaer)はゲール語で地域または地方の支配者の名称であり、理論的にはスコットランド王に次ぐものであり、ティーシャッハの上級者であった。モーメアーはイングランドの伯(earl )や大陸の伯爵(count)に相当し、この言葉はしばしば「earl」と英訳される。(ref:Wiki, Eng, 'Mormaer')

3.セイン

 セイン(thane)は中世スコットランド東部の地方王室の役人に与えられた称号で、伯爵の息子に相当する地位であり、"thanedom"または"thanage"として知られる行政的・社会経済的単位の長であった。(ref:Wiki, Eng, 'Thane')

4.ティーシャッハ:

 ティーシャッハ(toiseach)は、中世スコットランドの親族集団の長であった。スコットランド・ゲール語で「最初の」または「指導者」を意味するこの語は、1130年代から1150年代にかけてディアの書に記された財産記録で初めて証明された。(ref:Wiki, Eng, 'Toisech')