最近陰謀論という言葉がもはや一般化している。ハローバイバイの関とテレ東のやりすぎコージーの影響だが、どうにももてあそびの傾向が大きく、インチキ情報や未確認、正当な筋からの情報じゃあないものが多い。

 

 陰謀論という言葉がもはやつかえない言葉で、本来はコンスピラシー・セオリーという。共謀理論というべきなのだが、いまだに陰謀論という。セオリーなのだから、せめて「陰謀理論」というべき。しかもかつて、2000年代後半から使われ、ささやかれだしたころには「陰謀説」などという、摩訶不思議な言葉が使われていた。

 

 コンスピラシー・セオリーの本質は、国家の主権簒奪と簒奪者の歴史の理論であって、歴史の裏、外史といってよい理論である。

 

 コンスピラシーとはコン+スパイアーという言葉でできている。コンはコモン、共同するという意味。スパイアーは息を吸い込む。つまり「言葉を使わず、呼吸だけを合わせて、目配せをして、何かを乗っ取る」という意味。マヌーヴァーといってよい。最近のトランプのウクライナ騒動では「コルージョン」という言葉が使われている。

 

 私がこの言葉について、良い言葉は無いかと数年前に考えた時「主権簒奪理論」「主権奪取理論」あたりが本質をついていると思って、広めようかと思ったが、結局のところ「共謀理論」という言葉を広めるのが一番良いと思ってる。

 

 ちょこっとだけ、休眠状態のブログを書いてみたが、まずイントロとして、陰謀論についてのここ5年くらいにたまってきたことへの感想を書いてみた。