こんにちは。


池波正太郎氏の『剣客商売』を読んでいる最中です。



『剣客商売』を初めて読んだのは、確か二十代前半の頃です。

その時からすると、25年以上経過しています。

その間に、『剣客商売』を何度読んだのか、数えられません。五度は上回っていると思います。
八度〜九度ほどかもしれません。



当ブログシリーズで、何度も同じようなことを書いていますが、ストーリーは分かっているのに、没入してしまうのは何故なのでしょう。(答はもちろん、作者の力量が素晴らしいからに他なりません。)


本日の仕事帰りに読んだ章では、登場人物の秋山大治郎と佐々木三冬が、祝言を挙げました。



ちなみに、あと数ページで祝言、というところで、降りるべき駅に着いてしまいました。

キリの良いところまで早く読んでしまいたかった私は、駅のターミナル内にある手作りパン屋に入って、コーヒーを飲みながら続きを読みました。


結果的には、このコーヒータイムが功を奏して、一つ前のブログ「禍福は糾える縄の如し」につながるのですが、それはまた別の話です・・・。




さて、優れた小説というのは、読み手の境遇によって、いろんな面を見せてくれるのでしょうね、きっと。

いわば、百人の読み手がいたら、百通りの感動がある。
ということでしょうか。

また、同一人物が読んでも、その人の、その時の年齢や置かれている環境によって、味わいが変わってくるのだと思います。





ところで、今の長女が生まれる少し前のこと。

どんな名前にしようかと考えていた頃、候補の一つは「三冬」でした。

結果的には、違う名前にしましたが、全国には大勢の「三冬」さんがいることでしょう。


三冬さん。相手の名前や性別はそうでなくても、それぞれの「大治郎」さんと出逢って、是非とも幸せになってくださいね。