こんにちは、わしずあゆみです。
そこまで好みじゃない事に注ぐことをやめること
を阻みやすい設定に気づき
言葉になりました。
前回の記事の続きです。
今年に入って私は
1月はインフルエンザに罹り
2月は咳が続き
3月からコロナ感染拡大
と、出かけたり人に会うとか
変更したり断ったりする回数が
多くなりました。
体調も良くなかったし
コロナで外出できないし
だけど
理由がちゃんとあるから
ホッとしている自分がいたんです。
それは
「断る」の設定がハードだったから。
断るとは?
・気まずい。
・正当な(相手が納得するような)理由が必要。
・その理由を考えるのがめんどくさい。
あ〜なるほどなーって思った。
疲れると思ってたのは
「理由を考えること」だったのか。
=断る事は悪いこと。
やましいこと。
人を大切にしたいから傷つけたくない。
嫌われたくないから断れない。
・体調が良くないことも
・コロナで外出できないことも
正当な理由になると思ってるから
ホッとしたのか、と納得しました。
そこまで好みじゃない事に注ぐことをやめること
を阻む設定と言ったのは
・「断る」
・「やめる」
・「NOを伝える」
つまり「選ばない」事への
設定がハードだったら
特に誰か相手がいる場合
断りたくないがために
やめたくないがために
NOを伝えたくないがために
お金や時間や労力を使う。
それが自分の好みじゃなくても
断ることよりも「カンタン」だと選んでしまう事がある
と思ったからです。
(気付いていなくても)
これは大好きでヘビロテしまくりの中華粥。黒胡椒かパルメザンチーズをかけるとよりリッチになります♡
私は「断る」の設定を
さらに見ていきました。
設定変更手帳の3/20のお題
「誘いを断る」があります。
ここにも
言いにくい
やりにくい。
って書いていた笑
そして設定変更大学内での投稿を
読んだりしても
「断ることはみんな苦手意識があるのかも」
と思える内容でした。
断ったら相手に申し訳ない。
嫌な気持ちにさせてしまう。
嫌われたくないから断れない。
ほうほう
ここまで来て気づく。
に出てきた
自分の「存在価値」と「事象」
がここでもくっついていることに。
とっても幻をのせていることに。
私には、
受け入れる選択肢も
断る選択肢も両方あるのに
受け入れる方が良くて
断る方が悪いと言う
2極の考え方になっていた。
断「れ」ないんじゃなく
断「ら」ないんだ自分が。
そうなると「誘ってくる相手が悪い!」となりがち![]()
自分も他人も断ること=存在の否定
につながっていたので、
自分や相手の存在が揺らいだり
関係性が壊れると思っていた。
相手を「大切にしたい気持ち」を
表す手段としてそれが
「全部受け入れる」だと苦しい。
これは仕事や恋愛や
親子関係でも言えること。
存在価値と事象(誘いや依頼など)
を切り離し幻を乗せず
断ることとは=返事の一つ。
自分の気持ちに正直になる行為。
としました。
断られることは自分の価値と
くっつけなくなっていたけれど
断ることがまだ難しかったんですよね。
ハンコを押すと意識に押し込んでくれる感じ。ノートを見返す時にも目を引きます。
明らかにNOと答えが出てるのに
断ることにモヤモヤしたり
断ったのに何か引っかかるなら
設定を見るのがおすすめです。
ちびまむさんが言っていた
それが本当に好み?と問うこと
好みをハッキリさせていく事も大切。
そしてもちろん
相手がいることに関しては
言い方や配慮があった上で
自分の本心に聞き
断る・選ばないとすることも大切。
そんな風に思いました。
やめる・選ばない事が
やる・選ぶ事と同じ比重になり
とてもスムーズになりました![]()
![]()
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