金八先生 | 赤いチンクェチェントが見た風景

赤いチンクェチェントが見た風景

日々のつれづれを自由気ままにつづります。

定年をお迎えになるということですね。
寂しくもあり、ホッとした感もあり。

長い間お世話になりました。


そんな金八先生に敬意を表して本日は
お勉強の時間としましょう。
しかも恋愛論ですよ。


よく言われることですが


$赤いチンクェチェントが見た風景

恋という字には下に心がついています。下心ですね。
下心とは「欲」のこと

“こっちを見て欲しい”“つきあって欲しい”“自分の心を満たして欲しい”・・・

この下心があまり大きくても


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こんなに好きなのに“見てくれない”“つきあってくれない”“不満”・・・
これでは釣り合いが保てるわけがございません。


一方、愛は内に秘めた心。


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見返りを求めない、言わば思い遣りの心。

これが大きすぎるのは


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内に秘めるどころか、見え透いた心はいただけません。


大きな心を持つためには、器も大きくないといけませんね。


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うん、これは大人物だ。


ちなみにこれとこれは


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どちらも小心者になってしまいました。

恋や愛に限らず「心」を「見失うこと無く」「いつも穏やかに」心がけたいものです。

そうそう、平常心でね。