劇的な週末
歴史も人生も、後の時代を決定づける変化は劇的に突然やってくるのが常です。言い換えれば、大事件は不連続(カタストロフィ)に起こるものだ、とも言えます。カタストロフィなる言葉の解説で、「人が人を好きから嫌いになる変化はゆっくりやって来るなどと言うことはなく、大好きから大嫌いへと急転直下不連続にやってくるものだ」との説明に、妙に感心した覚えがあります。確かに私自身のこれまでの歩みを考えてみましても、後の時代の自分を左右することになる人生上の変化はおおむね突然で、予定通りもしくは予想通りにやってきたことなどまずありません。しかし通常は何らかの準備がどこかでなされていたからこそ、それは起こるとも言えます。
先週の週末、そのような予期せざることが連続して起こりました。
思わせぶりな書き方で申し訳ありませんが、これは私にとっては実に想像を越えた喜ばしい変化でした。期待していなかった事態と呼んでもいいのかも知れません。
まだ具体的に内容を明示する段階ではないことゆえ、奥歯に物が挟まったような書きようで申し訳ないのですが、本件の事態の成り行きに、一時はこれで私も本当のリタイアメント生活に入ってしまうのかな?とまで考えたのでしたが、次の日の夜には後には引けない状況に事態が急転したのです。
加えて、またその翌日にお会いした人物にも、またまた感動するような内容のご呈示を受けたのでした。
ひとつは、「中西さんに喜んでいただけることが、私にとっても嬉しいことだから」(スミマセン、この話は私自身が直接聞いた訳ではなく、伝え聞いた話ですので多少正確さを欠いているかもしれません)と、ライフワークとも考えているプロジェクトに、大きな支援の申し出を受けたのでした。この報告を受ける直前までは、一度は幕引きを考え、これまで永く支援や協力をいただいていた皆さまへの挨拶の内容まで考え始めておりましたので、正直驚きました。それだけに、間違いのあろう筈はないと考えながらも、今この瞬間も、多少半信半疑である自分を情けなくも思っております。
もうひとつは、次の日にお会いした別の方から、「(中西さんの)提案を限られた分野として受け入れるという局所的な解決ではなく、それによって機構全体の考え方や在り方を変革したいのです」と言われたことです。加えて「ぜひ《志》を持ってやりたい」とも付け加えられました。
思えば《こころざし》などというキーワードを使っての話を伺うのは、ここ何年も私の経験の中にはなかったことのように思います。それだけに、その時に自ら手帳に記した《志》のメモを、今も何度も見直しています。
このことを機に改めて考えているのですが、人がことを起こそうとする動機とは一体何なのでしょうか?それは金銭動機でもなく、名誉動機でもなく、ましてや自己満足などではなく、それら以上にはるかに強い動機とは、使命感に起因するものとの思いを強くしながらこのブログ書いています。それより書いておきたい衝動に突き動かされています、と言った方が正確でしょう。「実はあの時のブログの内容はこういうことだったのですよ」と内容を明示できる日の早からんことを願いながら・・・。
ご案内「第2回 JDBデザイン・インタラクション」に参加しませんか?次回は5月21日(水)です。
JDB“Japan Design Bund(日本デザイン連盟)”の略称(ブランド)を掲げスタートを切った、「JDBデザイン・インタラクション」なる企画が第2回目を迎えます。元々は、日本デザイン事業協同組合という組織体活性化のための新規プロジェクトです。
構想は「デザイン振興につとめ、わが国をデザインインフラの充実した文化大国にしていこう」「デザインのあらゆる専門分野を超え、デザインに関心の高い方、生活や社会に美的・文化的価値の創出を望まれる方ならどなたでもご参加いただきたい」と、壮大な運動体の旗揚げのつもりですが、実体はまだほんのささやかなものです。是非、多くの皆さまに盛り立てていただきたいと考えています。
本企画の第1回は、『東京ミッドタウンにとって、デザインはどんな意味を持ち、これから何を目指すのか』をテーマに、6年半にわたりプロジェクトリーダーを務めてこられた市川俊英氏(三井不動産(株)常務執行役員、(株)東京ミッドタウン社長)に講演をいただき、続いて私が少々対談をさせていただきました。
お陰さまで講演は予想を越える大好評のもと終えることができ、前半1時間は講演・対談・鼎談を聴き、後半1時間はワイン片手に名刺交換・交流、という試みも大盛況で、その場で多くの次回参加申し込みいただきました。そして、期待高まる中で第2回を迎えようとしております。
第2回は講師にも素晴らしいお二人を迎え、テーマは「CI戦略とブランド戦略、一体どこが違うのか?」です。
詳しくは下記ご案内をご覧ください。今回も席数に制限がございますので、ご参加ご希望の皆さまは、なるべくお早めにお申し込みください。
詳細ご案内はこちら
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34年前の「企業の文化戦略」提案は結構新しかった
この稿は、前稿『ベネッセ「文化化コンセプト」花開く』と対をなすものです。
この図版は、実は1974年の「中央公論」経営問題特集誌の拙稿「試論 企業の文化戦略」中に掲載した、企業経営と文化の関わりに関する試論にして私論です。当時のわが国は、マーケティング発想がようやく萌芽の時代でした。結果論ですが、時代は確実に読めていました。
今を去る34年も前の構想提案ですが、それ以前から、私自身の中にずーっとこうした思いが温められていました。
そして、福武書店(現 ベネッセコーポレーション)の福武哲彦創業社長の想いにピンとくるものがあって、1980年 同社に「文化化」なる基本経営コンセプトを提案させていただくことに繋がっていったのです。その事は前稿に書いた通りです。
ですが、この拙論がそれを遡る6年前、「中央公論」経営問題特集に掲載された当時は、残念ながら、誰ひとりとして、企業経営と文化に関わる提言などに関心を持ってくれる人などいませんでした。まだまだ企業経営にとって「文化」などというテーマはスラック(隙間/ガタ)で、余程余った金があるならやればいい、という考えが経営学者の間でも支配的でした。
そもそも、私が企業経営における「文化」の大切さについて考え続けてきたのはPAOSの創業前からのことであり、現代社会の牽引役とも言える企業先導社会が歴史を創り上げていく上では、文化的貢献なくしては主役たり得ないと考えていたからでした。
もちろん、当時そのようなことを周りの人に言っても、誰も関心のカケラすら示さない時代ではありました。そんな状況の中、文化と企業経営の関わりにつき、公式に私的見解を訴えた最初の論文が「中央公論」経営問題特集であったのです。
これは、振り返れば歴史的に貴重な発言記録だと思いますし、今から思えば編集者もよくぞ活字にして下さったものだと思います。
「企業はどこにアイデンティティを求めるべきか」
「いかに多く『感じさせる企業』か」
「コーポレートアセスメント時代」
「企業は文化機関でもあるべきだ」
これらはいずれも文中タイトルからの抜粋ですが、この時の文脈の節目をよく表してくれています。
最近になって、たとえば経済産業省の「感性価値こそ大切な時代だから、2008年度からこれを国民運動化していく」などの政策を鑑みるに、まさに「感じさせる力や感じ取る力を持った企業力重視の時代到来」を痛感するばかりで、われながら発想が先行して的を射ていたものと仮説力の面白さを実感します。そして、それを公的な雑誌に当時書き残しておけた事実は貴重なことでした。
・・・企業が何を考え、何を行い、何をどう伝えるかのテーマが、経営理念や企業の体質変換の問題と相関して、非常に重要になりつつある
・・・何が本当の進歩か、何が本質的な充足かが問われる、、、 サイコグラフィックは尺度、つまりライフスタイルやソシャルトレンドが物事の価値や方向を決める時代
・・・イメージとは、たとえ野放しにしておいても必ずなんらかの形で勝手にできるものであるから、なろうことならば、企業は自らの経営環境に適合したイメージ形成を、独自にコントロールしていった方がいい
・・・企業もマネジリアルな側面ばかりでな、、、 ソシオ・エコロジカルな面から見ても、良きコーポレートシチズンでなければ
・・・コーポレートアセスメント時代が始まろうとしている、、、 社会的存在価値という立場から、もう一度自身を見直し、新しい経営理念と活動を打ち立てていかねばならない
・・・単に物質的充足のみを目指さないで、人々の生活をつくり、社会を形成していく企業活動とは
・・・企業の活動は従来の生産とか販売とかいった単能的なものから、もっと市民生活のあらゆる分野に関与できる複合機能をもった、、、 企業がコーポレート・インテリジェンスとも呼べる文化度の高さを持たねばならない
・・・企業は多くの能力をまだまだ潜在的に持っている。とりわけ文化的な能力を飼殺しにし、発揚の場を与えていない
・・・マーケティングオリエンティッドな時代の次に、文化オリエンティッドな時代がやってくる、、、 従来の企業戦略に併立する文化戦略プログラムを最終目標として設定
これらは34年前の本文からの抜き書きですが、最後に「これらは現時点ではなんら実証されたものではないが、企業は常に目標を設定して行動を行わなければならないし、開発に値するテーマであると、私自身強く信じているからに他ならない。」と結んでいる。
ベネッセの今日の企業存在や企業価値は、まさに掲げてきた仮説の実証であり、それを実現して頂けた世界でも稀有なモデルであることを素直に嬉しく思います。
今回(4月26日)発表されたばかりの、ベネッセの直島に続き、同じく福武總一郎会長のパトロネージのもと開発された瀬戸内海の新しい美の拠点「犬島」。まるでローマ時代の遺構のような犬島精錬所跡の、存在しているだけでも迫力あるたたずまいです。(残念ながら、本プロジェクトに10年取り組んでこられたコンテンポラリーアーティスト柳幸典氏の作品は、著作権の問題で撮影禁止でした。)
こうした文化経営構想をもとに、その後も、たとえば川鉄のCI発足記念として、1990年当時CI事務局長であった高木聰行氏が積極的に動かれ、時の濤崎忍社長・村上英之助副社長らの賛同を得て「川鉄21世紀財団(現 JFE21世紀財団)」が誕生しました。この趣意は、「これから始まる時代を考えると、たとえ素材産業といえども、文化に資する行為を社会的存在責任として実施すべきだ」との考えのもと進められた結果で、主要な貢献事業表彰が「技術研究助成」と「アジア歴史研究助成」に限定されているため、汎用的な評価は少ないのですが、既に18年の成果が生み出されています。
しかし、総じて考えるに、「企業経営と文化貢献」の問題は、まだまだ、「日暮れて道なお遠しの感」深しが実状と言えそうです。
私がなかなかリタイア出来ない理由の一つでもあります。







