保育士時代、
ずっと不思議だったんです。

 

 

なんで毎回、
“同じ人”ばかり疲弊していくんだろうって。

 

 

 

子ども同士が揉めた時も、
泣いてる子を見ながら、
周囲の空気まで気にして、
「今これ言ったらまずいかな」
って考えて動く。

 

 

でも、
気づかない人は本当に気づかない。

 

 

 

だから結局、
“察する側”が全部フォローすることになる。

 

 

私も、
後片付けや保護者対応を
最後までやってしまうタイプでした。

 

 

 

「誰か困るかも」が先に浮かぶから。

 

 

 

でも、そういう人ほど、
家に帰っても頭が止まらない。

 

 

「あの言い方大丈夫だったかな」

「先輩怒ってなかったかな」

 

って、ずっと脳内反省会。

 

 

 

しかも怖いのが、察するタイプって、
限界でも動けちゃうこと。

 

 

 

私も、
子ども寝かしつけながら寝落ちして、


深夜に起きて洗濯して、
また普通に出勤してました。

 

 

 

今思うと、
かなり無理してた。

 

でも当時は、「自分が我慢すれば回る」
って思ってたんですよね。

 

 

多分、優しい人ほど、
無意識に自分を後回しにしてしまう。

 

 

だからこそ、
全部察し続けないことって、
本当はすごく大事なんだと思います。

 

 

 

▼私自身が救われたメルマガ

 

保育士をしていた頃、
私は「休む」が本当に苦手でした。

 

子どもって、もちろん保育園でも
こちらの都合では動かない。

 

 

頑固になって動かない。

ちょっとしたことで泣く。

思い通りにならないと噛む。

何もないところでも転ぶ。

 

 

しかも、
保育士の人数ってギリギリで回してることが多いから、
1人休むだけで現場が崩れるんですよね。

 

 

だから、
自分が体調悪くても、
「休みます」が言えなかった。  

 

 

 

実際、39度近い熱があった日に、
解熱剤を飲んで出勤したことがあります。

 

 

 

フラフラなのに、
子どもを抱っこして、
笑顔作って、保護者対応して。

 

 

でも頭の中では、ずっと、

「迷惑かけちゃダメだ」しかなかった。

 

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

育児中はもっと酷かったです。

 

 

 

子どもが熱を出すたびに、
職場へ電話するのが怖かった。

 

 

「また休み?」って思われてないかな。

シフト迷惑かけるよな。

 

申し訳ないな。

 

 

だから、
病児保育を探して、実家に頭下げて、夫と調整して、
それでも無理なら、最後にやっと「休ませてください」を言う。

 

 

でも、
そこまでしても罪悪感が消えない。

 

 

今思うと、かなり異常でした。

 

 

でも当時の私は、
それを“責任感”だと思ってたんですよね。

 

 

 

ちゃんとしてる大人は、
周りに迷惑をかけないものだって。

 

 

でもある日、ふと思ったんです。

 

「私、いつ休めるんだろう」って。

 

 

家でも職場でも、
ずっと誰かを優先してた。

 

 

空気を読んで、
先回りして、
困らないように動いて。

 

 

でも、
それを続けるほど、
どんどん苦しくなっていった。

 

 

 

多分、
真面目な人ほど、
“迷惑をかけないこと”を頑張りすぎる。

 

 

でも本当は、
誰にも迷惑をかけずに生きるなんて無理なんですよね。

 

 

なのに、
“ちゃんとしてる人”ほど、
全部1人で抱えようとしてしまう。

 

 

私もずっとそうでした。

 

 

でも今は、少しずつ思えるようになりました。

 

 

迷惑をかけないことより、
“壊れないこと”
の方が大事だったんだなって。

 

 

▼私自身が救われたメルマガ

 

これ、ずっと不思議だったんですよね。

 

なんで職場って、
“ちゃんとしてる人”にばかり仕事が集まるんだろうって。

 

 

気づける人。

先回りできる人。

空気を読める人。

 

そういう人ほど、
どんどん抱え込むことになる。

 

 

 

しかも厄介なのが、
本人も最初はそれを「頼られてる」「必要とされてる」って受け取ってしまうこと。

 

 

 

私もそうでした。

 

 

 

 

保育士時代、
周りが気づかないことに気づいてしまう。

 

 

「あ、これ後で困るな」

「このままだと回らないな」

「今フォローしといた方がいいな」

 

 

 

そういうのが見えるから、
結局自分で動いてしまう。

 

 

 

でも、
それを続けるとどうなるか。

 

“できる人”として固定されるんですよね。

 

 

 

すると今度は、周囲がどんどん頼るようになる。

 

 

 

 

そして、
気づけば“全部を背負う側”になる。

 

 

 

これ怖いのが、
別に誰かが悪意を持って押し付けてるわけじゃないことなんですよ。

 

 

組織って、「回る場所」に負荷が集中する。

 

 

 

だから、真面目な人ほど損をする。

 

 

しかも、真面目な人って責任感が強いから、

途中で投げられない。

 

 

「私がやらなきゃ」

「ここで止めたら迷惑かかる」

 

って本気で思ってしまう。

 

 

 

 

でも、
その優しさって、
時々“自己犠牲”に変わるんですよね。

 

 

しかも本人は、
壊れる直前まで気づけない。

 

 

周囲からは、
「ちゃんとしてる人」に見えるから。

 

 

でも内側では、ずっと削れてる。

 

 

私、昔は「頼られるのは良いこと」だと思ってました。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

でも今なら分かる。

 

 

“頼られ続ける人”って、境界線が薄いんですよ。

 

 

断れない。

任せられない。

期待を裏切れない。

 

 

 

だから、全部引き受けてしまう。

 

 

でも、全部背負える人間なんていない。

 

 

 

それなのに、真面目な人ほど、「もっと頑張れば何とかなる」をやってしまう。

 

 

 

結果、静かに壊れる。

 

 

 

しかも怖いのが、こういう人って、
壊れてもなお、「自分の頑張りが足りなかった」
って思いやすいんですよね。

 

 

 

違う。

 

 

 

問題は、
“頑張れる人に依存して成立する構造”
の方だったりする。

 

 

 

だから最近、本当に思うんです。

 

 

真面目な人ほど、
“全部を背負わない技術”
が必要なんだなって。

 

 

全部気づかなくていい。

全部回収しなくていい。

全部フォローしなくていい。

 

 

 

じゃないと、優しい人から先に潰れていくから。

 

 

▼私自身が救われたメルマガ

 

ちゃんと寝た。

休みの日もあった。

 

 

なのに、
全然疲れが抜けない。

 

 

むしろ、
休んだはずなのに、
月曜日が来るだけで息が重い。

 

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

これ、
昔の私はずっと
「体力がないから」だと思ってました。

 

 

でも違ったんですよね。

 

あれ、
身体じゃなくて、

“神経”

が疲れてたんです。

 

 

 

特に、
空気を読むタイプの人。

気を遣う人。

察して動く人。

真面目な人。

 

 

 

このタイプって、
自分で思ってる以上に、
ずっと“警戒モード”なんですよ。

 

 

 

例えば職場でも。

 

上司の機嫌。

同僚の空気。

相手の返事の温度感。

 

 

 

「今これ言って大丈夫かな」

「嫌な気持ちにさせてないかな」

「空気悪くならないかな」

 

 

 

 

こういうのを、
無意識にずっと処理してる。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

 

しかも怖いのが、
これって“癖”になるんですよね。

 

 

 

だから、
家に帰っても終わらない。

 

 

LINEの通知で疲れる。

既読のタイミングで疲れる。

ため息の意味を考えて疲れる。

返信文を何回も見直して疲れる。

 

 

 

もう、
脳がずっと勤務中なんですよ。

 

 

でも本人は、
それが普通になってるから気づかない。

 

 

 

 

私も保育士時代、
休みの日なのに、
職場LINEが鳴るだけで心臓がギュッとなってました。

 

 

通知音だけで、
身体が緊張する。

 

 

 

でも当時は、
「みんなそんなもんだろ」
って思ってた。

 

 

 

いや、
全然そんなことなかった。

 

今思うと、
完全に“常時戦闘モード”だったんですよね。

 

 

 

しかも、
真面目な人ほど、
休む時すら気を遣う。

 

 

 

休んで迷惑かけてないかな。

返信遅くて大丈夫かな。

サボってるって思われないかな。

 

 

 

だから、
身体は休んでても、
脳と神経が一切休まってない。

 

 

 

これ、
かなり危ない状態なんですよ。

 

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

でも世の中って、
疲労を全部「体力不足」で処理しがち。

 

  • 睡眠不足だから
  • 運動不足だから
  • 栄養不足だから
  •  

もちろんそれもある。

 

 

でも、
“常に気を張り続けてる疲労”
って、
かなり大きい。

 

 

 

しかも厄介なのが、
このタイプの人って、
周囲からは「ちゃんとしてる人」に見える。

 

 

 

だから、


さらに頼られる。

さらに気を遣う。

さらに神経を使う。

 

 

 

そして、
静かに削れていく。

 

 

 

でも本人は、
「もっと頑張らなきゃ」
ってなる。

 

 

 

いや、
逆なんですよね。

 

本当は、
頑張りすぎてる。

 

 

 

しかも、
こういう人って、
“休み方”が分からなくなってる。

 

 

 

何もしないと不安になる。

役に立ってないと落ち着かない。

 

 

 

誰かを優先してないと、
罪悪感が出る。

 

 

 

だから、
休みの日すら、
完全には休めない。

 

 

 

これ、
めちゃくちゃしんどい。

でも最近思うんです。

 

 

休んでも疲れが抜けない人って、
怠けてるんじゃなくて、

“ずっと生存モードで生きてる”

だけなんじゃないかって。

 

 

嫌われないように。

怒られないように。

空気を壊さないように。

期待を裏切らないように。

 

ずっと神経を張ってる。

 

 

そりゃ、
疲れる。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

だからまず必要なのって、
気合いじゃなくて、

「自分、ずっと緊張してたんだな」

って気づくことなのかもしれません。

 

 

ちゃんとしてる人ほど、

 


限界まで気づけないから。

 

 

▼私自身が救われたメルマガ

 

「大丈夫です」

 

昔の私は、これを本当によく言っていました。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

頼まれごとをされた時や仕事が増えた時には、しんどくても、疲れていても、とりあえず「大丈夫です」って言ってしまう。

 

でも今思うと、あの頃の私は全然大丈夫じゃありませんでした。

 

 

 

家事、育児、仕事。

 

 

毎日やることに追われながら、頭の中は常にフル回転。

 

次はこれ、あれもしなきゃ!
忘れないようにしなきゃ…

 

 

ずっと、気が休まらなかったんです。

 

 

 

でも不思議なことに、その時の私は「自分が無理している」という感覚がありませんでした。

 

 

もちろん、疲れてはいました。

 

 

「みんな頑張ってるし」

「これくらい普通だし」

「母親なんだから当たり前」

 

こうやって、自分の苦しさを“普通”にしていたんです。

 

 

 

たぶん真面目な人ほど、限界になる前に自分を止めることが苦手なんですよね。

 

 

迷惑をかけたくない。

期待に応えたい。

ちゃんとしていたい。

そういう気持ちが強いから。

 

 

苦しくても、無意識に動き続けてしまう。

 

 

私もずっと「まだ大丈夫」を繰り返していました。

 

 

でも本当は、“頑張れている”ことと、“余裕がある”ことって全然別なんですよね。

 

真面目な人って、限界でも動けてしまう。

 

 

だから、周りも気づかない。

 

そして本人も、気づけなくなる。

 

 

 

「ちゃんとできているから大丈夫」って思ってしまう。

 

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

 

でも実際は、ずっと心が緊張していて、

休まっていないことも多いんです。

 

私は以前、休みの日ですら、

ずっと気が張っていました。

 

 

ちゃんと家事しなきゃ。

子どものことやらなきゃ。

平日にできなかったことを片づけなきゃ。

 

 

 

“休む”というより、
「止まっていることへの罪悪感」
の方が強かったんです。

 

 

だから今なら思います。

 

あの頃必要だったのは、
「もっと頑張ること」
じゃなかった。

 

 

「もう限界かもしれない」

って、自分で気づいてあげることだった。

 

 

でも、ずっと“頑張る側”で生きてきた人ほど、
それが本当に難しいんですよね。

 

 

 

もし今、「大丈夫」
が口癖になっているなら。

 

 

もしかしたら、
あなたはずっと、
無理をしてきたのかもしれません。

 

 

 

そしてその苦しさは、
あなたが弱いからじゃなく

 

 

“ちゃんとしなきゃ”
を抱えながら、
ずっと気を張って生きてきたからなのかもしれません。

 

 

 

▼私自身が救われたメルマガ

 

毎日ちゃんと頑張っているのに、
なぜかずっと苦しかった。

 

 

家事をして、
育児をして、
仕事に行って。

やるべきことを、


毎日ちゃんとこなしているはずなのに。

 

 

なぜか心だけが、
ずっと置いていかれている感じがしていました。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

当時の私は、
家事育児をしながら、
フルタイムで保育士をしていました。

 

 

朝は時間との戦い。

 

子どもの準備をして、
自分の準備をして、
遅れないように家を出る。

 

 

職場では、
子どもたちを見ながら、
保護者対応をして、
周りにも気を遣って。

 

 

「ちゃんとしなきゃ」
が頭から離れませんでした。

 

 

 

母親なんだから。

社会人なんだから。

保育士なんだから。

 

迷惑をかけちゃいけない。

ちゃんとできて当たり前。

 

 

 

 

そんなふうに、
ずっと自分にプレッシャーをかけながら生きていた気がします。

 

 

でも本当は、
ずっと疲れていました。

 

 

ただ、
その疲れに気づけなかったんです。

 

というより、
気づかないようにしていたのかもしれません。

 

 

 

 

「もっと大変な人もいる」

「みんな頑張ってる」

「自分だけ弱音を吐いちゃいけない」

 

 

そうやって、
苦しい気持ちを押し込めるのが当たり前になっていました。

 

 

 

だから当時の私は、苦しい理由をずっと

「自分の努力不足なんだ」

と思っていたんです。

 

 

 

もっと頑張ればいい。

もっとちゃんとできればいい。

もっと要領よくやればいい。

 

 

そうやって、
ずっと自分を責めていました。

 

 

でも今振り返ると、
あの頃の私は、
かなり無理をしていました。

 

 

 

家でも、職場でも、ずっと“気を張る側”だったんです。

 

 

空気を読む。

察する。

先回りする。

 

迷惑をかけないようにする。

感情を乱さない。

 

 

 

それを毎日続けていたら、そりゃ疲れて当然だった。

 

でも真面目な人ほど、そういう疲れを、

「自分が弱いせい」だと思ってしまうんですよね。

 

 

私もずっと、そうでした。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

でもある時、少しずつ思うようになったんです。

 

苦しかったのは、努力不足だけが理由じゃなかったのかもしれないって。

 

 

 

真面目な人ほど、優しい人ほど、“全部を背負う側”になってしまう。

 

 

だから、壊れる直前まで、自分の限界に気づけなくなる。

 

 

 

そういう構造自体が、確かに存在していたんだと思います。

 

 

 

このブログでは、
そんな「真面目な人ほど苦しくなる理由」を、
少しずつ言葉にしていこうと思っています。

 

 

もし今、「ちゃんとやってるはずなのに苦しい」

 

 

そう感じているなら。

 

 

 

それは、あなたが弱いからじゃないのかもしれません。

 

 

 

▼私自身が救われたメルマガ