高齢者のための、余暇センターの発足はいかがでしょうか。

 他人事ではなく、我々団塊世代の生活のためにですが・・・


 具体的な場所や建物は、誠に勝手な話ですが、現在ある各地の「青年の家」を改良します。

 将来は、青少年は少なくなり、老人が多くなり、そろそろ役割交換することを検討していいかもしれません。

 「国公立の青年の家」は、日本全国で200程度あるはずです。ただし名称は、例えば「岩手山老人の家」ではちょっとイメージが悪いので、題名のように「余暇センター岩手山」という名前などはいかがでしょうか、という作り話を考えたのです。そうすると、本物の青年の家がなくなります。しかし心配はいりません。小中学校の廃校の再利用できるからです。子供達も、原始的な(?)廃校キャンプ生活のほうが、雰囲気といい環境といい、楽しいのではないでしょうか。


 さて、余暇センターの利用者は、安い料金で寝泊まりできます。

 いままで仕事一筋だった高齢者の方は、安い年金を使っての全国旅行をかねて、どうぞご利用下さい、というのが主目的です。ただし、せっかくの余暇センターですので、GDP向上も兼ね一工夫しましょう、と考えました。


 まず各センターに、療養型の病院を付属させます。治療や療養を兼ねた長期滞在が可能になり、使い方によっては老人ホームのような感じになります。これは、ヒマを持て余して、市内の病院へ井戸端会議のために集合しようとする高齢者を、観光旅行を兼ねて治療させるためにもそうします。いろいろな自然や季節感を味わい余暇を楽しむ病院、という特徴をもたせます。


 次に各センターには、地域の特色をいかした工房を設けます。たとえば岩手山余暇センターには、木材加工工房、森林のめぐみを利用したさまざまなグッズを開発する工房を設置します。研修組織ではなく利益をあげる事業で、余暇で仕事する場を作ろう、ということです。


 これまで余暇というと、旅行やスポーツ、また身近にはパチンコやギャンブル等の、ワンパターンな消費行動のような認識がありました。しかしこれからの老人の余暇は、ライフワーク的な仕事をすることも考えられます。好きな仕事に没頭することは、ホイジンガによると最も楽しい遊びに等しい余暇となります。


 これまでは「余暇」が指導・訓練されず、本人も無自覚でした。しかし人口の多数を占める高齢の団塊世代が登場しました。これからは自由に選択し、自己開発、自己実現してくださいと勧めることが、余暇センター職員の役目になったわけです。


 たとえば岩手山余暇センターのとなりには、賢治や啄木の文化を背景にした「文芸工房」というのがあり、また佐賀には「有田工房」など、それぞれの地域の伝統や歴史を生かした専門の余暇工房を作りました。高齢者は、興味に応じて移り住むのでした。


 珍しいものとしては、外国人居住者が多い「北欧工房」とか「中国文化工房」も登場しました。またパソコン好き年寄りにはシステム工房もあり、各人の趣味に従って、似た趣味をもつ仲間のいるところに移動し、そこで長期間の居住できるようにしたのです。


 運用上も工夫をします。

 例えば工房作業に似た「一人一専門運動」をすすめ、仲間に受け入れられる特技を役立て、行く先々でそのサービスをします。大工の得意な人、畑仕事、薬草探し、床屋、料理人、保育、教育、宗教、スポーツなど、みなそれぞれかつて第一人者だった人がヒマをもてあましているので、その「財」を有効活用するのです。


 その目的でICメモリに自己紹介を書き込み、それを余暇センターに入居するときに示せば、すぐ適切な部署に管理コンピュータが仕事を割当てるしくみを作ります。それが現在行われているオリエンテーションに代わるセンターの歓迎のセレモニーです。もちろん病気等で何もできない人もいますのが、無理する必要はありません。こうすることにより、センター内にエコマネーのような機能が現れ、相互扶助方式により大幅に福祉経費が節約できるのです。


 夜は知り合った高齢者どうし、酒を酌み交わし語り合いましょう。

 もちろん飲み屋や映画館やステージなどがあり、たまに昔有名だったタレントも来て歌や踊りを披露してくれるかもしれない・・・もちろん犯罪等もあると思いますが、自分たちで管理し、いつもはつらつとした気概を持ち続けましょう。


 この余暇センターで、相互扶助生活をしはじめると、次のような考えが出てくると思います。


 「なぜ核家庭時代には、あんなに無理して働き、
  あんなに無理して競争したのだろう。
  豊かになって偉くなって、
  私は何をしたかったのだろうか」


 幸せになりたいのなら、お金や地位という、幸福を購入する間接的な手段をあくせくと求めず、もっと直接的に幸福そのものにアプローチしてもよいはずです。

 余暇センターのような場所で皆に受け入れてもらい、ライフワークにめざめ、生まれてきたことに感謝する気持ちを味わうだけで、もう十分幸福ではないでしょうか。


 そんな感慨にふけり、あの世にいきたいものです。