情報統制のお話。ウィキペディア創設者の暴露話。
コロナ前なら「すごい暴露話が出た!!!」と興奮していた事でしょう。
コロナ禍の中の露骨な情報統制を経験してからは、むしろ「ふーん。。。まぁそうだろうね。」という程度です。
文字情報中心だったネット上のニュースやウィキペディアなどの辞典系サイトの”乗っ取り”から始まり、大衆が情報を得るためのツイッターなどのSNS、そして動画配信サービスへとその統制の網を広げていったのは、俯瞰して見ている者からすれば、その変化がよく感じられる程に変わっていきました。
「自由で安全な情報とは、公的と言われる機関が公式に出して居る情報のみである」
「公式見解に異を唱える者は、たとえ科学者や専門医・専門家であろうと社会を乱す陰謀論を唱える反社会的思想・言動である」
まさに、この様に言いたげに、学者に対して微塵の価値も無い記事ライターや素性不明なコメンテーターが「このような陰謀論を唱える人も居ますが~」とテレビやネットで資本力による物量作戦で統制を図る。
そんな構図が3年間おおっぴらに行われ、(更に大問題は)少し調べたり、少し考えれば矛盾だらけのその”正しいとされる情報”を、大多数の大衆が無思考に受け入れ、気付きのための重要な情報を「見てはいけない、触れてはいけない情報」として忌避すらして、統制に加担してしまった事だろう。
情報の統制は本当に必要なことなのか?
庶民には”知らなくて良い事”なんてものがあるのか?
今一度、皆がよくよく考える必要がある、と思う。