
映画『RUSH/プライドと友情』(上映中)
F1映画『RUSH』を観て目頭が熱くなるほど感動した。
映画のラストシーンは日本で初開催された雨のF1日本GP最終戦が舞台。
そういえば、当時の雑誌を持っていることを思い出し探したらあった。
1976年に山海堂から発行された「auto technic 別冊 1976 F1 Race in Jpan」。
38年前の雑誌なのでクオリティーは低いものの、
いまとなっては初開催のF1日本GPを知る貴重な資料となった。
映画『RUSH』のラウダとハントを思い起こしながら記事を読み、
38年前にタイムスリップしてしまった。

1976年のF1日本初開催の特集号の「オートテクニック」誌の表紙。
中央に座っているのがジェームス・ハント。


〔左〕1976年10月24日(日)の決勝は雨でスタートが
大幅に遅れながらも73周の白熱したレースが展開された。
スタートからトップに出た#11 ジェームス・ハント(マクラーレン)
〔右〕ライバルのラウダは早々にリタイアし、
スタートからトップを走行するハント。
しかし終盤、タイヤ交換で遅れ、シリーズチャンピオンが危ぶまれたが、
追い上げ3位でゴール。ラウダを1ポイント上回り、
初のシリーズチャンピオンを獲得した。


〔左〕左の写真は、雨のレースのスタート決定を待つ、
左からハント、ラウダ、ピーターソン。
右下はイライラしながらスタートを待つ(と記事で表現している)
長谷見昌弘(右)と星野一義(中)
〔右〕記事内でも2強ライバルが比較紹介されている。
左がラウダ、右がハント。

1976年 F1日本GPのラップチャート。
2周目に早々にリタイアしたラウダは、レポートにもあまり登場しない。
リタイアの原因は、トランジスターイグニッションとなっている。
ボクは当時、F1は詳しくなかったけど、雑誌を見て漠然とカッコいいと憧れていた。
それに雨の中で行われた日本初のF1日本GPも雑誌を通して知っていた程度。
ラウダとハントも知っていたが、ハントがカッコいいと思ってた。
映画を観てハントがこんなプレイボーイだったとは…(だからハントというんだ・笑)
それに天性の感性とセンスの持ち主だったんだなと、この映画で38年後に知った。
45歳の若さで他界したジェームス・ハントが、
いまになってこの世にいないのが残念でならない。

ラウダ(左)とハント(1977年)
ハントは1993年、心臓発作が原因で45歳の若さで他界した。