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ひねくれもののfacebook感

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時はあっという間に過ぎていく。
待ち遠しい予定でもあればそれはとても嬉しいことなんだろうけど、たいてい何かに追われているせわしい生活なので一週間がビュンと音を立てて通り過ぎていくのを呆然と見送っている感じ。
いつの日にか南の島で寝っころがる毎日を送れるのだろうか。

さて問題のfacebook。
軽い気持ちで始めた後、興味はいっこうに高まらまらず、何度かアカウントを閉じようかと思うこともあったものの、こまでするのもなあと消極的な気分のまま今に至る。
一番気に入らないのが、いろんな方面の人間関係が全部同じレイヤーにさらされてしまうこと。これは困る。リアルの世界じゃこういうことは起きないもんね。
止めて困ることがあるのかないのか、それを考えるのも面倒なというか、つまり決定的な要素がないからひきずるんだろうね。
自分が特にネガティブな人間ではないと思うけど、それでもfacebookのお花畑はまぶしい。きつめの突っ込みとかは厳禁の世界はやっぱり息苦しい。
じゃあやめろよということなんでしょう。
twitterのゆるさが自分に合ってるんだろうなと思うこのごろです。
それにしてもtwitterでは時折めちゃおもしろい人に出会うんだよね。

永遠の0

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永遠の0を読んだ。
あの時代に志願して戦闘機乗りになることが何を意味するのか。
どんな覚悟で毎日を過ごしていたのか。
読み始めると一気に引き込まれたが、あの日のことが蘇ってきて平静ではいられなかった。

その頃東京でサラリーマンをしていた私は、ある夜思いがけない人から電話を受けた。
「自衛隊機が墜落したのは知ってるか。○○さんはあなたの△△ではないか。」
パイロットの名前を聞いて凍りついた。
まさかと思いつつも心臓の鼓動は速まるばかり。
それが間違いでないことが分かったのはそれから数十分後のことだった。

自ら望んで航空自衛隊に入り、希望が叶って最新鋭の戦闘機に乗れるようになった彼が言ってたことを覚えている。
「ニュースにはならないけどスクランブルはしょっちゅう。日本の空はぼくらが守ってる。」
翌日、葬儀のため基地に向かった。
夜間低空飛行訓練の最中に起きた事故で緊急脱出の間などなかったとのことだった。
真っ暗闇の中を計器を頼りに操縦していると、時にどっちが空でどっちが海か分からなくなることがある。計器の指す方向を自分の感覚が信用できなくなる瞬間を思うと怖い。
その夜、焼酎を手に同僚の一人がそんな話をしてくれた。

あぶないからと心配して、飛行機に乗るなら民間にしとけと周りの者は言ってた。
転職する機会もあっただろうと思う。
それでも彼は戦闘機に乗っていた。
海に散るのも覚悟の上だったんだろうか。
長い年月はいろんな想いを受け止めてくれる。

色彩を持たないヨーグルトつくると、彼の巡礼の年

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前回のブラジルナイト(注1)2日目のこと、確か朝食に何食べてるとかの流れでヨーグルトの話になり、自分で作ってるSさんが今度ヨーグルトの種と自家製のジャムをくれるということになった。

もしかしたら飲んでたので忘れるかもと思ってたんだけど、3日ほど経って紙袋を手に登場。約束通りケフィアヨーグルトの種と作り方を書いた紙、それと砂糖少なめに作った自家製のジャムを持ってきてくれた。ああやっぱり覚えてくれてたんだと、こういうのはかなりうれしい。
作り方の説明をしてくれて、それによるとヨーグルトは500cc紙パックの牛乳に種を入れて25℃で保管すると1日でできるとのこと。温度を一定に保ってくれるジャーみたいな器具なんて持ってなくても室温が合えば道具なしでもうまくできるそうだ。
そんないきさつでヨーグルトを作ることになった。

まずはの牛乳を買ってくるところから始めるわけなんだけど、どうも「25℃」っていうのが気になる。家に帰って温度計を見るとせいぜい20℃ぐらいでこれじゃ足りない。昼間はもっと高いだろうけど夜はまだ寒いし、これじゃ無理かな。もっと暖かくなってからにしようということになり、種は引き出しにしまっておくことにした。

一方ジャムは、そもそもヨーグルトに混ぜて食べるつもりだったのが予定変更、毎朝食パンに乗って僕のお腹に消えていくことになった。
甘さ控えめ、おいしい甘夏のジャムは少しずつ減っていくのに、なかなか気温は上がってこないのでヨーグルトは作れない。
そうこうしてる内にジャムはなくなってしまい、なくなるまでは覚えていたヨーグルト作る件はその後記憶からすっぽり消えてしまうことになった。

そして先週、はたと思い出しました。あぶねえ、忘れたままになるとこだった。
さすがにここへ来て暑い日もあるし、25℃は余裕だろということで、牛乳買ってきました。
さあ今夜は作るぞ!
晩飯食ってから説明書読むと、まずは常温になった牛乳・・・とある。ええっ常温かよ。スーパーで買い物したらまずは冷蔵庫に入れる習慣になってますから、冷蔵庫から牛乳を取り出してみると、やっぱり冷たいわ。それをテーブルの上に置いて待つ事に。でもそういう時っていつまでも冷たいまま。冷たい飲み物を出して置いておくとすぐにぬる~くなるのにおかしいだろとか思いつつ、テレビ見たりごろごろしてる内に寝てしまったようです。そして気が付いたら深夜、テレビでマイケル・ジャクソンが踊ってるじゃない。おっThis Is It(注2)だ。DVDも持ってるからいつでも見られるのに、つい最後まで見入ってしまいました。

で、気がついたら3時ですよ。
牛乳パックを触ってみると常温でスタンバイOK。もう何の問題もありません。
いよいよだな。
牛乳パックの口を開けて、ケフィアのパックを破って中の粉をさささ~と入れる。
絵の長いスプーンでかき混ぜる。
全部溶けるように、何度も何度もかき混ぜる。
最後に蓋を閉める。
よ~し!これで後は24時間待つだけ。

一応温度を確かめておこうと温度計見ると22℃。
え、もしかしてちょっと低い?
低いと固まりにくいからちょっとまずいのかな。
というわけで少し暖かいものの側に置こうと部屋を見渡してみる。
テレビを触ると暖かいけど電源切るとあかんし。
冷蔵庫の廃熱はどうかとあちこち触ってみるが、どうも背面のあたりだけのようで置き場所がない。
風呂の蓋に乗せておこうかとか、あちこちうろうろしている内にピコピコ点滅してるルーターに気が付いた。触れてみるとほんのりいい感じ。
プチプチを探してきて、牛乳パックとルーターを包んでみた。
温度はいいんだろうけど、見た目ものすごい違和感あり。
健康の代名詞のようなヨーグルト嬢がテクノ刈り上げに拉致されたみたいな。
どうみても似合わないカップルだな、とか思いつつも、さりとて他にこれ以上適当な場所もないのでやむを得ないかと。
とにかくこれで一段落だなと安心した瞬間、あることに気が付いてギョッとなった。



できるまで24時間、だったよな。24時間。



今3時で、明日の今頃できるってことは、
明日の午前3時にできたヨーグルトを冷蔵庫に入れなきゃいけない。
今週いろいろあって寝不足だし、明日早起きしなきゃいけないし、結構きついわ。
おれあほだなあ~全く。
今頃気が付いてももう遅い。
とにかく今日はもう寝よ。

ということで翌日の夜。
できるまでゆすっちゃだめだそうで、じっと待つ。
ひらすら待つ。
早めに出来たりしてと、1時過ぎにこっそり蓋を開けて中を覗いてみました。
でもまだ固まってない様子。
やっぱりまだか。待つしかないのかと、眠い目を開けて待つ事さらに2時間。
ここが長かったし眠かった。
これでもし固まってなかったら落ち込むだろうなと恐る恐る開けてみると、プルンと固まった白いヨーグルトの
上ににうっすらと透明なうわずみが見えて成功を確信。
できた!と思わずガッツポーズ。
ほっとしたら、もう眠さはどこかに行っちゃってました。

思えばブラジルナイトから今日まで長い道のりだった。
ヨーグルトを作るという一見簡単そうな作業がこんなに忍耐のいることだったのか。
三浦雄一郎さんのエベレスト登頂ほどでないにしても、困難を乗り越えたことに感動した瞬間でした。
やればできるじゃないか!

翌朝、もちろんいただきましたよ。
ブルガリアヨーグルトなんかと比べるとちょっと柔らかい。
何もつけずに食べてみるとほんおり牛乳の甘さがひろがっておいしいわ。

今度Sさんに会ったら言おう。
ヨーグルトうまくできたよ。
ジャムもとてもおいしかった。
ありがとう!って。


(注1)

和歌山市のぶらくり丁エリアにある匠町ギャラリーで開かれるパーティの名称。ストイックに音を求めて彷徨い続けるkitchomさんの手作りスピーカーからDJが選んだブラジルルーツを始めとする素敵な音楽が流れ、箕面ビールとフード&デザートに舌鼓を打ち、集まる老若男女が幸せなひと時を過ごす、そんなイベントです。
次回は7月13/14日 開催予定(入場無料)

http://takumi.ikora.tv/

(注2)

2009年3月5日、マイケル・ジャクソンはロンドンのO2アリーナにて、同地でのコンサート公演『THIS IS IT』を行うことを表明。同年7月13日から2010年3月6日までに全50公演の開催が予定されていたが、直前の6月25日にマイケルが急死。本作品はその『THIS IS IT』のリハーサル映像を中心に構成されている。
リハーサルは5月から6月にかけて、ザ・フォーラムとステイプルズ・センターで行われ、本作品では2009年4月からマイケルの亡くなる2日前(正確には現地時間の6月23日)までのリハーサル映像が使用される。
映画館で見た時は始まってすぐ、最初のオーディションの場面でもう涙目になってしまった感動のドキュメンタリー。

きゃりーぱみゅぱみゅからカワイイを考えるの巻

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2月9日のベルギー ブリュッセルを皮切りにパリ、ロンドン、台湾、香港、日本、ロサンゼルスを周り最終4月14日のニューヨークに至る世界10カ国20公演を大成功の内に終えたばかりのきゃりーぱみゅぱみゅワールドツアー「100% KPP WORLD TOUR」。テレビでロサンゼルスとニューヨークのドキュメントを見ました。

少し前に八代亜紀がニューヨークのバードランドでヘレン・メリルをゲストに招いてしんみり歌っていたのとは対照的で、いずれも熱狂的なファンがつめかけて一緒の振りを皆で踊りまくり状態。街では一緒に写真を撮ってほしいとファンが寄って来たりする人気ぶりです。ワーナーに招かれて今後のプロモーションのオファーを受けた時は、プロデューサーに今後も自分のスタイルでやっていきたいと話をしてるあたり実にしっかりしてるなあって。自分でいろいろ考えてやってるんだよと言うだけあって、さっと返事が出て来るあたりさすがです。今時というかかつて外国でこんなに存在感ある日本人はいたのんだろうか。

きゃりーぱみゅぱみゅは「グロかわ」、つまりグロテスクでカワイイ路線を行ってるそうです。本人のキャラクターはもちろん歌も衣装もPVもひっくるめて全ての要素が強烈な個性となって世界に伝染中です。
ブログ旅でちょっとだけ有名になったさきちゃん(エヴェンゲリオンの格好でヨーロッパ回ってる)も行く先々で人気者になっています。そもそもキャラクターが認知されてることに驚きまうが、今や日本のイメージはサムライ・忍者からアニメに移行したかのようです。

実は以前から日本はぶりっこ(悪い意味じゃないんですが)というのか幼い子供っぽい若い(いやこれもそんなに悪意があるわけじゃなくて)というのか、そう「カワイイ」文化だと感じてました。人だろうが物だろうが、何見ても「カワイイ」。老若男女問わず「カワイイ」。「カワイイ」はオールマイティな言葉なんです。(類似の言葉に「シンプル」ってものある。)

自分の職業である宝飾品の分野でもこの「カワイイ」は大いに関係あると思ってます。
例えばイタリアのネックレスの多くは日本のものより長めにできています。なぜだと思いますか?
彼女達の着る洋服の胸元は日本の女性のものに比べて大きく開いているからです。きっと日本ではエロ過ぎるとか言われるぐらいのVゾーンに合わせてネックレスも長くなるということです。日本の女性の服は平均すると襟元はもっとつまっているんじゃないでしょうか。ネックレスが長いと襟に隠れて見えなくなるので見える位置まで上げることになり、そうするとより短い寸法になるという具合です。
これは一例ですが、大人の女性が年相応にセクシーであることがあたり前の欧米と異なり、そもそも日本はセクシーというよりむしろより幼くかわいい方がより広く受け入れられる社会なんだという気がします。

アニメ、コスプレ、オタクなど近年勢いのある日本のポップカルチャーに咲いた大輪の花=きゃりーぱみゅぱみゅは何となくサブカルチャーのスターみたいなもんだと思ってたけど、根っこのところは実は相当広く共有されていて、もしかしたらそれってつまり日本のメインカルチャーの一面だと言ってもいいんじゃないかという気がしてきたわけです。それが今世界のあちこちで受け入れられているのだとしたら、おお~、ものすごいことが起きてるんだと一人興奮してる夜です。

アントニオ・カルロス・ジョビン

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「明日見に行かせていただこうと思ってるんですが、何時頃うかがえば間違いなく見れますか?」
「上映が7時ですのでその10分ほど前にお越しいただけば大丈夫かと思います。」
夜だけの上映なので梅田まで行ったはいいが満員で見れないなんてことになったらいやだなあと前日に電話してみた。
10分前で大丈夫ってことは見る人はあんまりいないんかな。
少しは話題になってるんだけど。

翌日、念には念をと、早めに行って整理券をもらっておこうと思っていたが、あれこれと用事が長引いて結局到したのは6時50分、ちょうど10分前になってしまった。
入口で受け取ったチケットの番号は8。8人目ですか、そんなに見る人少ないのかとちょっとびっくり。正確に言うと映画が始まる時には10人になった。いやでも気になるその10人、年齢も雰囲気も様々でそこからは何の関連も属性も感じられない。ガーデンシネマで観客の少ないことには慣れていても、ボサノヴァの歴史を綴ったブラジルの至宝アントニオ・カルロス・ジョビンの映画を見に来ているのがたった10人なのか腑に落ちないまま客電が落ちて映画は始まった。

いきなりガルコスタが歌ってるシーンから始まり、あたかもDJが曲をつないでいくよう一度も途切れる事無く、本人を含む総勢数十人の歌手が次々に登場して、時折街の様子をはさんだりして、それぞれのジョビンを綴っていく。言わば音と映像のコラージュです。
ナレーションもインタビューもなし、実にさばさばしてます。こうやって淡々と音楽をつないでいくのはまさにボサノヴァらしいなと思いながら見ていました。
それでも終盤にさしかかる頃、妻のアナや娘のエリザベッチ、息子のパウロやモレレンバウム夫妻など晩年彼のファミリーで活動していたBanda Novaのシーンには熱いものがこみ上げてきて、コパカバーナの追悼コンサートのあたりでは感極まってしまった。
そこで初めて音が一瞬途切れ、はっとした次の瞬間、ジョビンが一人ピアノに向かいイパネマの娘を歌う50周年記念コンサートのシーンで映画は静かにエンディングへと向かう。
静かに感動をかみしめた映画でした。

途中、ジョビンが白いスーツを着て唄うBanda Novaの見慣れたシーンにあっと声をあげそうになった。もう何度見たか分からないので見逃す筈もない1986年日比谷野外音楽堂のコンサートの様子。見に行こうと思えば行けないわけではなかったのに漫然と見送ってしまい、結局それがただ一度切りの日本ツアーとなってしまった。
見逃してこれほど後悔したコンサートは他になく、今なお心に刺さったとげになっている。

twitterで知り合ったブラジル音楽つながりのtさんは中学生の時にこの日比谷を見ていて、それが自慢だと言ってた。
人生、迷ったら行け!

ふくろう

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ちょっと前の朝日新聞和歌山版で「ふくろう」をマークにしている店や会社の記事を読みました。
フォルテ・ワジマさんの正面玄関には大きな看板がありますし、岩本石油さんのガソリンスタンドにもふくろうが描かれています。(溝端秀章さんのデザイン)

実は私の店にも3羽のふくろうがいます。
写真はその1つで、江口真代さんという鉄のアーティスト(http://www.minori.cc/profile/)にお願いして作ってもらったオリジナルの看板で、本町通りの店の入口にあります。時計と宝石を取り扱っているからということで、ふくろうの目は時計の3時になっていて、また周囲にはきれいな色の石を配置してくださいました。こんな素敵な看板はないと思っていて、できれば連れて歩きたいほどです。

ふくろうは、福を呼ぶ、あるいは苦労を不(しない)というような意味で重用されることもあるそうです。私の場合はふくろうのかわいい顔が気になっていて、でもまさか本物を飼うわけにもいかないからと思っていたたところに、たまたま江口さんの作品を見つけたことがきっかけでした。小さな鉄製のふくろうは店内のケースに飾っています。

日野皓正-JINOクインテットを聴く

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2012年7月21日(土)Desafinado(和歌山市紀三井寺)に日野皓正クインテットがやってきた。
御大の他、石井 彰(p)/須川崇志(b)/田中徳崇(ds)という最近のリズムセクションに息子の日野賢二(eb):JINOが加わった編成で、JINOのラップも期待しつつ早々に予約。

Desafinadoはレストランで、ライブハウスとしては標準的な広さだけど客席全部が吹き抜けになっているので空間的には開放感があってとっても気持ちいい。おもしろいのは座席別にチケットが4種類に分かれていて値段も順番になっている。最前列のテーブルがS席、2番目のテーブルがA席、3番目のテーブルがB席、そのすぐ後ろの通路に椅子を置いてそこがC席となる。ドーム球場並みの区分だけど、たとえC席と言えどもステージからせいぜい10mほどしか離れていないので十分「近い」。これぐらいのキャパだとたいていは全席一律だけど、予約時におよその座席指定ができる仕組みは考えてみれば親切な気もする。

開演7時30分なのに仕事終えて行ったのがぎりぎり7時30分、店の横は満車のためちょっと離れた駐車場に入れて、「頼む、間に合ってくれ」と祈りつつ急ぎ足で到着したのが40分。まだ始まってなかったとほっとしたところで店内に入るとすでに人でぎっしり、チケットは完売したという。
僕はB席を取ってあって、ここは一人5,500円。別にかぶりつきでなくてもいい、でもテーブルはあった方がいいみたいな感じで選ぶとこうなる。すぐ前に知人がいてそこはA席。この50cmの差が1,000円かよと思うと、ちょっと得した気分になるのが貧乏人根性丸出しで悲しい。もっと前の方からこっち向いて手を振ってる人がいると思ったら別の知人で、最前列のS席に座ってた。さすがにセレブだ、このこぢんまりした空間の中にも資本主義に基づいた階層社会が成立してると感心してしまった。目指せS席。

それにしても女性の姿が目につく。男女共年齢層高め。ぐるっと見渡すと何人かジャズおたくの姿も目にするんだけど、客層は所謂ジャズのライブハウスとは随分違う。その店についたお客さんが作る雰囲気っていうのがあって、同じアーティストのライブやってもそれぞれの店で違ったものになるんだよね。「箱」の力って不思議。
大箱だと、昔の新宿厚生年金大ホールはすごかった。あそこは観客のエネルギーレベルが一桁高くて、演奏者も触発されて素晴らしい演奏を繰り広げる魔法の箱だった。今はもう取り壊されてなくなってしましいました。残念。

さて演奏が始まったあたりでは場内かなり硬めの雰囲気、演奏もややぎくしゃくした印象のまま3曲。間合いを計りかねてる?ここで日野さんのMCが入る。「Desafinadoってだれか女の人の名前かなんか?」とか言い出して、そんな訳ないだろと。まあ知らないはずない訳で、おとぼけぶりは相変わらず。
MCは益々好調、どんどん長く、思ったことそのままみたいな感じでまさに天衣無縫の言いたい放題。アルツハイマーの話、レコード会社やめてインディーズにした話、ライブ減った話、選挙は良く考えて投票しなきゃとか、自分の描いた絵がドサっと売れたとか、奥さんの話、息子の話、日本は大人になりきれてない子供の国だ等々延々と続く。そうだそうだ、実に納得の話なんだけど、全然ジャズライブのMCっぽくなくてその辺で世間話してるような感じ。
途中、お客さんの一人がラッパのケース持ってるのを見つけると、ステージに上がって一緒に演奏しようって誘う。さすがに遠慮してたけど結構何度も誘ってた。何かの拍子にじゃあってことになってたかも知れない。歌いたい人いませんかとも言ってたから、根性ある人が手を挙げてたらまさかの日野皓正歌伴一生に一度のビッグチャンスだった。でも、だれも行きませんでした。

日野さん他にもいろいろ披露してくれました。Never Forget 311で客席とのコール&レスポンス、店の2階に置いてるボンゴを持って来てソロ、ピアノの弦に向かって吹き込んでリバーブ聴かせてくれたり、弟の元彦さんに捧げたAngel Smileも演ったし。JINOも大忙しで、Summertimeでのボーカルに始まって、ベンソンばりに歌いながらソロ(このベースがまたよくうたう。JINOは最高だった!)をとったり、もちろんラップもありました。さらに会場に来てたJINOの子供たちの「パパー」とか「グランパー」とかの声に客席が湧いたりで、まさにてんこもり。
演奏をバックに日野さんが谷川俊太郎の詩を朗読した時、客席のかなり微妙な反応に「今日はじいさんとばあさんばっかりだから、あんまりむずかしいことやっても分かんないよね。」と綾小路きみまろか!の毒舌ぶりに笑。じゃあ分かるやつをってことで始めたのがWhisper Not。「ああ~そっち行っちゃうのかよ」と心の中で思いっきり叫ぶ。一番はしっこ、パンツぎりぎりを見せてくれと。でも途中であきらめました。これでいいんだ、こういうことなんだと。
客席の様子を見て対応するサービス精神に溢れた進行で、会場はほんわかアットホームな雰囲気になりました。涙と笑いの人情芝居「日野皓正一座」ここにあり。

休憩の時に少し話ができたんで、リゾート博覧会の時に大阪ジャズ界のドン古谷充さん(As)と2トップのクインテットで演奏したの覚えてるか尋ねたら「全然覚えてない」って返事。
その日、超満員の野外ステージで演奏して、のりにのった日野さんが突如ステージから降りてきたあげく客席中央の椅子に上がって演奏、負けずと古谷さんも降りて来て2人で延々とやりとりが続き場内は興奮のるつぼに。観客は押し寄せるし落っこちないようにスタッフが何人も張り付いて大騒ぎにの中、感動のライブになったわけですが、それもこれもぜ~んぶ「忘れた」と。
そんな前のことどころか昨日のことも覚えてないよって言ってた。

もう余計なものは全部ポイしてすっきりしちゃってるというか、ついでに荷物降ろして楽になっちゃったのかなあって気がする。野生に戻って本能だけで生きてる、方向なんか全然問題じゃないって感じ。いずれにしても凡人に理解できる訳ないんだろうけど。
だいたい普通じゃない。
70歳にして、マイクなしの生音で演奏。
どのタイミングからどんな音でもどんな風にでも吹ける。
誰よりも美しいピアニッシモの音も、駆け上がる艶艶したハイノートも、未だ聴く者をゾクゾクさせてくれる。
こんなトランペッターは他にいない。
若い頃のような長いソロはないけど、依然として煌めきを放ち続けている存在。
ただ、これからどこへ向かうんだろうって思わずにはいられない。
すでに自分の世界にこもってしまったようにも見える。
もう音楽的な意味で新しいチャレンジは期待しちゃいけないんだろうか。

しんみりしたクロージングでアンコールのタイミングを失ってしまった客席がまばらに空いて行くのをしばらく眺めた後、店を出た。帰り道、エンバーの物悲しいメロディーがずっと耳の中で鳴っていた。

明かりのこと

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写真はアメリカ・ボストンの中心部にある歴史的建造物であるファニエル・ホール(Faneuil Hall)のショッピングモールの中庭にあたる場所で、ちょうど夕暮れ時、人通りもまばらになってきた頃の様子だ。100年以上前に建てられた建物の間には石畳が敷き詰められ、そこに大きな木があり、カラフルなタペストリーはアースカラーの外壁に活き活きとした表情を与えている。

何てことないようでどこかほっとする光景に大きな役割を果たしているのは電球色の外灯だ。決して全体を満遍なく照らしているわけじゃない。ところどころに設置された外灯が明かりと陰のコントラストを作り出している。もしこれが水銀灯だったらこの暖かみのある雰囲気は台無しになってしまうだろう。

かつて日本は蝋燭の火や障子が作る光と陰の中で生活していた。それが電球になり、いつしか不必要なまでに明るい蛍光灯が家庭の隅々まで青白く照らし、それが「あたりまえ」の照明になってしまった。明るさは時には便利ではあるけれども、それと引き換えに明かりに対する感覚は確実に鈍くなってしまった。

少し暗くしてみたら、今まで見えなかったものが見えてきたり、感じなかったことを感じたりできると思う。電力の心配が当分続くことは間違いないので節電は必要だけど、もしかしたらそれは豊かな感覚を取り戻すきっかけになるかもしれない。ぜひ家庭も会社も照明の色と量を考えてほしいな。

節電

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かれこれ3年ほど前から少しずつ店舗の節電をやってきてはいたけれど、今振り返ると実にのんびりしたものだったと反省しきり。昨年の原発停止による電力供給不安で一気に節電の機運が高まり、遅ればせながら自分に出来ることはやってみた。

具体的には、ハロゲンなどのW数の高い電球をLEDにすれば効果最大で、例えば50Wのダイクロハロゲンを4WのLED(写真)に置き換えることで、電力消費は1/10以下に激減。LEDに出来ないところは蛍光灯にすればそれでも1/3以下になったりで、そんなこんなをやってみたところ全体の電気代はとうとう25%も減った。さらにドアには隙間テープを貼ってみたところかなり効果があるようで、エアコンの設定温度を下げても大丈夫。

今までの無策に罪悪感を感じつつ、電気代が下がることに感謝してる次第です。

洗濯機

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和歌山市の中年以上の方はこのネオンサインを見ると「ああ、あれやわ」と分かるでしょう。これは和歌山市汀丁交差点に建つ経済センターの屋上広告塔です。5階建ての屋上にそのビルと同じくらいの高さのでかい鉄塔が建っているので目立つことこの上ない。
ナショナル洗濯機の文字が見えますね。ちなみにこれは南面で、東面はナショナルテレビ。
撮影されたのは昭和37年で、この2年後に東京オリンピックが開催されるあたりでテレビが普及して、その後カラーテレビの時代へと移っていった。

皆に愛された「ナショナル」ブランドはとっくに消えてPANASONICに統一されていますが、つい先日オーディオで一世を風靡した「TECHNICS」ブランドも無くなるというニュースを見た。あのリニアトレッキングプレーヤーのTECHNICSが~~~~~あのターンテーブルのTECHNICSが~~~~~無くなっちまうんかよ。

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