千光寺公園から見下ろした、尾道水道と市街地の素晴らしい眺望。

また、渡船で対岸の向島へ渡り尾道市街を眺めても一幅の絵のように美しい。

坂を下り、市街地を抜けると現れた、港町の雰囲気を残す界隈。
旧い商家をリフォームした飲食店。
かつて花街だったことを偲ばせる、入り組んだ横丁。
どの眺めを切り取っても、一幅の絵画、一葉の写真にふさわしい情緒をたたえている。
尾道がフォトジェニックなのは、戦災を免れたことと、古くからの文化的蓄積があることが理由だと思う。
決して一朝一夕で産み出されたものでないし、付け焼刃でない。
尾道が港町として時の政府に公認されたのは、平清盛の在世である。
清盛の五男・重衡所領の荘園からの年貢米を、都に運搬するために港が開かれたとのこと。その後も中世から近世にかけて、尾道は海運の要衝として栄え続けた。江戸時代には、北前船の寄港地として、全国の物産品が取引された。
尾道の往時を偲ばせるものが、山肌に密集して建ち並んでいる多くの古刹、名刹だ。
そんな尾道の往時を偲ばせるものは、神社仏閣だけではない。
飲食店が質、量ともに充実している。人口十数万人の都市とは思えない充実ぶりだ。
皇室やVIPが宿泊することで知られる〔西山別館〕、小津安二郎『東京物語』のロケ地として知られる〔竹村家〕をはじめ、尾道には多くの料理旅館、割烹、仕出し料理屋、鮨屋が点在している。
とはいえ、近年の尾道は日本料理店以外の発展ぶりも、特筆すべきだ。
中でも、最も評判を呼んでいるレストランの一軒に、〔イルポンティーレ(IL PONTILE)〕がある。

〔イルポンティーレ〕とは、イタリア語で「桟橋」という意味。
お店の目の前には、ちょうど対岸の向島へ行く渡船の船着場がある。
港町の情緒あふれる船着場と、〔イルポンティーレ〕のモダンな外観が、フォトジェニックなコントラストを産み出している。
店内に入ると、テーブル席もあるが、広々として清潔なオープンキッチンと、くの字の立派なカウンターが印象的だ。
思わず、東京や京都にある一流どころの板前割烹を思い浮かべた。
〔イルポンティーレ〕のお料理もまた、フォトジェニックだ。
地物にこだわった有機・無農薬野菜。毎朝市場で仕入れる地魚。それら野菜や地魚の馥郁たる味わいが、舌に素直に、明快に迫ってくる。




神森シェフは、尾道で生まれ育ち、関西・名古屋でイタリア料理の修業を積んだと伺った。
シェフの作り出す料理は、イタリア料理の調理技法をきちんと踏まえつつ、尾道の風土と住民の舌に根差した味覚を、見事に構築していた。
「シェフならではのイタリア料理」と一言で言えば簡単だが、イタリア料理のエッセンスと、尾道に根差した味覚の両者を表現するというのは、決して簡単なことではないと思う。
ゴリゴリのイタリア料理でもなく、和食寄りの「似非」イタリア料理でもなく、神森シェフの経験とセンスで描かれた独自の料理世界がここにある。
※〔イルポンティーレ〕は業態転換し、現在はイタリア料理のテイクアウト専門店として営業しています。
(2012年9月19日執筆。「Web旬遊」所収)