当時好きだったUKロックやモダンジャズのCDを借りようと、自転車でレンタルレコード店に行った時のこと。
「ま」行のコーナーで松任谷由実の新譜(『ダイヤモンドダストが消えぬ間に』か『Delight Slight Light Kiss』だったと思う)を何気なく眺めていたら、年の頃は20~30代くらいに見えるお兄さんに声をかけられた。
「君は若いのにユーミン聞くんだね?」
「いや、それほどは・・・」
そのお兄さんは、それから延々1時間くらいユーミンの魅力を語ってくれたんじゃないかな。
確か名曲「Destiny」の「今日に限って安いサンダルを履いてた」って歌詞の素晴らしさについてだったと思うけど、あまり良く覚えていない。
その後そのお兄さんの影響だろうか、『ダイヤモンドダストが消えぬ間に』も『Delight Slight Light Kiss』もレンタルして聴いた。キャッチーな「リフレインが叫んでる」の良さは分かったものの、中学生の耳には地味な曲の数々に、自らすすんで聴くことはあまりなかったと思う。
しばらく経って20歳くらいの頃。
YMO好きの友人とショットバーで飲んでいると、「ユーミンのバックバンドの〔ティン・パン・アレー〕は、YMOの細野さんも参加していて良いバンドなんだよ」と勧められた。
それをきっかけに、ユーミンのデビューアルバム『ひこうき雲』から順を追って聴いてみることにした。

『ひこうき雲』の頃は荒井由実名義だったが、これが素晴らしかった。
抒情的で幻想的な歌詞とメロディに、心の奥をノックアウトされた。
マンタ(松任谷正隆)と結婚して松任谷由実になってからも名曲率が高いんだけど、僕にとって好きなのは、名義がまだ荒井由実だった時代。
特に『ひこうき雲』『ミスリム』『コバルトアワー』の3枚は、今でも折に触れて聴く。


ユーミンの曲が素晴らしいのはもちろん、アレンジ・演奏を担当する〔ティン・パン・アレー〕が素晴らしい。
メンバーは、当時気鋭のスタジオ・ミュージシャンたち。ベースの細野晴臣、ドラムスの林立夫、キーボードの松任谷正隆、ギターの鈴木茂。
〔ティン・パン・アレー〕のアレンジと演奏は、情熱とセンスに満ち溢れていた。当時の彼らの演奏を、矢野顕子が「黄金時代」と呼んだのは言い得て妙だと思う。
ユーミンの長いミュージシャン活動の中で、売り上げは別として、初期のような表現の輝きが常にあった訳ではない。また、近年のユーミンはめっきり声に衰えがみられ、ファンとしては一抹の寂しさを感じる。
しかしそうであっても、ユーミンが初期三部作『ひこうき雲』『ミスリム』『コバルトアワー』でティン・パン・アレーと共に紡ぎだした世界観は、いまだ色あせることのない輝きを私に与え続けている。
ユーミンは、僕にとっていつまでも女神(ミューズ)であり続けている。
(2012年3月19日執筆。「Web旬遊」初出)