団塊ジュニア(だんかい-)とは、団塊の世代が産み落とした負の遺産である。

同じ世代を示す他の世代名称
イチゴ世代
対象人物が15歳のときに大きな消費者集団と見込まれたかららしい。すなわち、成人となる前から、既にカモにされていたのが、「団塊ジュニア」である。

就職氷河期世代 / 失われた10年世代
就職氷河期の中心だったので、こうなった。かつては、失われた10年世代とも言われた。しかしこのような意味を持った言い方も、後の世代であるロストジェネレーションに奪われてしまった。
貧乏くじ世代
的を射ている表現だが、大きなお世話である。
第二次ベビーブーム世代
赤ん坊(ベビー)から餓鬼(ジュニア)へ、僅かながらであるが出世が見られる。
人生再設計第一世代
団塊世代も、いよいよ過去の存在となり、根拠なくジュニアを名乗れなくなってきた。しかし、世の第一人者に立とうとも失敗作である事実は否めず、政府の認める「再設計が必要な世代」である。

生まれてまもなくオイルショック
競争は、物心付く前から既に始まっていた。
超高等教育の学生時代
しつけを徹底的に叩き込まれた。したがって、この世代は、とても礼儀正しい方が多い。
失敗を許されない教育現場。
テストの1点2点が直ちに成績に反映され、その後の運命を左右する。
多すぎる「友達たち」
溢れかえらんばかりの教室で授業を受けた。その多すぎる「友達たち」は、その後、足を引っ張り合う「敵」へと変貌する。
中学高校時代に男子は家庭科の授業がなかった世代
それが後に結婚後の「家事を行わない男性」へと成長する。
しないではない。できないし、知らないのである。尤も、事実を認めることは、本人のプライドが許さないだろうが。
学校5日制とは無縁の世代
1973年度生まれ以前は、学校5日制とは無縁で小中高と土曜も毎週詰込み授業である。
なるほど、ゆとり世代を敵視するわけだ。
団塊ジュニア世代は大学受験も苦労した
絶望的な受験戦争
「現役偶然、一浪当然、二浪平然、三浪唖然、四浪憮然」この言葉が、如何に入学が困難だったかを語っている。
「行きたい大学より入れる大学」この言葉が、その後の学歴軽視への理由を語っている。
「MARCHなんてとんでもないバカが行く大学」と言うのが世の常識でも、この時期は、地方のFランですら、一浪当然の時代。
あきらめて、2部(夜間)へ行くか、専門学校へ行くという選択を取る方も多かった。

就職は超氷河期
「正社員でなくとも、パートでも、派遣社員でも」この言葉で、とりあえず食いつなぐ道を選ばざる得なくなった。
いまだに親にスネカジリ
まともな給料とならない就労が大半のため、親に頼りたくなくとも頼らざる得ない。
結婚するのも一苦労
結婚活動(コンカツ)しないと、結婚できない中心世代。
大リストラ時代のリストラ対象
超氷河期の就職で熾烈な戦いに勝ち残っても、リストラ対象となり、振り出しに戻る。
リストラ対象の当事者は、「あのときのリストラは、実はリーマンショックが原因だった」と後年知る(当時は自身のスキルアンマッチが原因と認識)事と成る。

ホワイトカラーエグゼンプション(残業代ゼロ法案)の主たる対象
出世の有無に関わらず、もはや出世したと見なされて、目的とする「残業代を支払わずに済ます魔法」の主たる対象。
部下も居ない、仕事の主導権も握れて居ないのに、なぜかもっともらしい肩書きはついて、この法案が通る前から実質的に残業手当がつかない。

過労死 or 孤独死 の2者択一がせまられる世代
過労死が最も多いのは40~50代(2016年現在)である。そして、孤独死は実は高齢者よりも中年男性のほうが多い。すなわち団塊ジュニアの男性が、最も多く該当する。
ニュースなどで大きく取り扱われる若年者の過労死や、社会問題として認識されている高齢者の孤独死とは対照的に、人知れず死にゆく団塊ジュニアは、まさに象徴的な結末の1つである。
政府による「就職氷河期世代」の集中支援
実は、今まで政府も何もしてこなかったわけではなく、2017年度から「助成制度」に約5億3000万円の予算を付けたが、利用されたのは約765万円。翌18年には倍増しするも、不発に終わっている。
今年度(19年度)は、特に、世代名称を新たに「人生再設計第一世代」と定義している辺りで、如何に本気であるかが理解できる。
「助成制度」の支援対象者は、団塊ジュニアではなく、団塊ジュニアを雇う企業であり、「支援金目当てで雇い入れて、使い潰して、自己都合退職させる」流れが目に見えている。

生活保護の阻止対象者
「就職氷河期世代」の集中支援は、将来、対象者が50代以上の高齢となり、生活保護入りを阻止するための政府主導の支援である。
先手必勝とは言うが、ここまでの展開は、さすがに読めなかった方が多いと考えられる。
この世代の方々の特徴
二極化が極端
成功して居る方は、熾烈な戦いを勝ち抜いているため、神がかり的な成功者も存在する。しかし、大半は失敗者で、その多くが見向きすらされていない。

根性論が通用する最後の世代
しつけが厳しく礼儀正しいので、上が理不尽なことを言っても、実行する。
細かく、つまらないことに拘りを持つ
特に学生時代において、基本が荒捜しで教育されていたため、つまらないことをいつまでもこだわり続ける傾向がある。
独特、且つ、理解不能な失敗をする
幼少時代から、つねに緊張を要求される教育環境に居た背景から、ふと疲労などで気が抜けると、ありえない失敗をして居ることが多い。時に、その失敗が命取りとなる。
ニセ団塊ジュニア
他の世代名称にない独特の特徴として、「ニセ団塊ジュニア」と呼ばれる。これは「団塊ジュニア」という名称ではあるが、団塊の世代の親を持つ者は実は少数であることから由来している。彼らの親世代の大半は戦前・戦中生まれである。
世では、団塊ジュニアは不遇と見られているが、ニセ団塊ジュニアは、それに増して、不遇である。
しかも、ニセモノ扱い。世に顔向けできないと言うものである。
天は二物を与えず
「天は二物を与えず」とは他の世代に対しても共通して言われる事だが、この世代ではその1つ1つのブツが小粒である事が特徴。
他の世代では、天才的な才能だが容姿容貌に恵まれないとか、美貌だが歌声に恵まれないとかの事である。
この世代では、大卒(この世代では高学歴の分類)であるか、安定した就業(この世代では有職者の分類)かなどの、他の世代では極当たり前のブツが、ほぼ排反事象である。
この世代同士で結婚について
「団塊ジュニアは男女とも多いのだから、この世代同士で結婚すれば問題解決ではなかろうか?」と仮説を立ててみる。
団塊ジュニア男性の特徴と、異性に対して、最も避けたい条件
特徴
受験、就職などで失敗することが多かったため、とにかく自信がない方が多い。
収入もままならない生活。

異性に対して、最も避けたい条件
上から目線の肉食系女子。
特に「デートはおごりが当たり前と考えている」のはアウト。
団塊ジュニア女性の特徴と、異性に対して、最も避けたい条件
特徴
高校時代などの思春期を「バブル期」で過ごしたため、贅沢嗜好。
アッシー君、ミツグ君などの言葉を直接聴いていたため、その状態が「憧れ」どころか「普通」とまで感じて居る。

異性に対して、最も避けたい条件
話していてもつまらない自信がない方々。
お茶代すらも奢ってくれない、ケチな方。
特長にも、避けたい条件にも、一言も、「団塊ジュニア」とは書いていないが、結果的に、団塊ジュニアが筆頭となる。 求める条件ばかり気にして居ると、この事実は本当に気が付きにくい。 しかも、時間がたってもしぶとく淘汰されていないため、この特徴と条件の傾向はより一層強まる。
この世代に対して、日本政府が求めている事
2019年4月。「人生再設計第一世代」と、世代名称を政府主導で定義している辺り、ようやく、日本政府も、目を向けるようになって来た。 今まで、社会情勢が原因、環境が原因で、失敗せざる得なかった方を含め、一律「自己責任」で片付けられてきた現状を省みるに、たいした進歩である。

人口を増やして欲しい
一番筋が通った考え方が、この世代に直接支援して、子どもをふやさせることだが、決してそうはしない。
従って、外国人の移民だろうが、人口を増やす手段はどうでも良く、その施策からは、「この世代に極力手を掛けずに、しかし圧力だけは掛け続けて、人口だけが増えて欲しい」と言う考えが見える。

ひきこもらずに働いて欲しい
就労支援も、その一環らしい。
しかし、ここで言うところの就労とは、わかりやすくたとえることを試みるならば、「フルマラソンコースを1時間46分で走りきれ」と言うものである。
100メートルを15秒ペースで走り続けると、1分で400メートル、概算で106分程度で走りきれる計算である。しかし、現実には、2時間以内で世界新記録レベルである。
世の中では、ブラック企業が社会悪と扱われている傾向があるが、このブラック企業ですら真っ青(黒いのが青くなる)の、就労支援である。
納めるべき物は納めて、迷惑はかけないで欲しい
生活保護受給対象にならないように支援する根拠は、ここへ行き着く。
年金受給対象どころか、生活保護受給対象の時点で危機感を擁く辺り、日本政府の高い危機管理能力と、先を見据えた「先見の明」の高さを伺い知る事が出来る。
高齢に成っても働き続けて欲しい
ここで言う高齢とは、50代後半とか、60代後半でなく、70代である。
どんな仕事でもいいから、70代まで現役で働き続けて欲しいらしい。
そうすれば、年金の支払いが少なく出来るのである。

おわりに
人と言うものは、失敗から目を逸らしたくなるものである。黒歴史ともなれば、より一層目を逸らしたくなるものであろう。
しかし、「団塊ジュニア世代」の教訓から決して目を逸らすべきではない。この項目も、きっとそう時を待たずして、失敗から目を逸らしたいと言う本能、読んでいて不愉快なものから逃げたい本能から、消されることだろう。しかし、消される前に、もし幸運にも見ることが出来たのならば、そこから、学んで欲しい。一人一人は地味でも、数の論理で社会へ影響を与えうる存在。それが「団塊ジュニア世代」である。