先日から始まりました。
DERIOの自伝。
自分の体験から
成功とは何か?大切なことは何か?
を考えて頂けるとありがたいし幸せです。
前回からの自伝はこちらクリック↓↓↓↓
■第一章。母をたずねて三千里分の一。お父ちゃん、○ンコ長すぎ~3歳編
■第二章~東京学習社での鬼軍曹怒る!マルコメ君がロン毛ってどないやねん!?~4歳幼稚園学び事編
■第三章~頭パックリ!!イジメられっ子からの脱却~4歳編
■第七章~『今日から敬語使えよ』スリリングな入学~中学校入学編
■第九章~ヤンキー?チャラ男?変わった集団~中学校編
■第十章~緑色の髪の先輩たち~高校入学編
これより本編です↓↓:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
■第十一章~デザイナーの学生が『roots』何故かチーマーに!?広島の祭りで大暴れ~高2の夏編
十一章は転機の話です。
十章で私はサッカー部を辞める事になります。
しかし、私はバカ息子。
いつも勝手に自分で物事を決めちゃいます…。
中学生でピッチ(PHS)を買った時、中学生でバイトしたのもそう、免許を勝手に取りにいったのもそう、バイクも買っちゃいました。
しかも、毎晩夜中に抜け出し、近所のコンビニ(通称:ポプ横)に入り浸ってました。
そんなバカ息子にオカンの堪忍袋の緒がキレます。
『あんたぁー!また勝手に決めて!どんだけサッカー応援しとったかぁ、わかっとるんねー!!』
デリオ『わぁーかっとるわ!じゃけどしたんなら!?』
と親の気持ちも省みず、反抗期真っ只中でした。
本当にバカ息子ですよね。
サッカーを辞めた事を告げ、何日かした日に机の上を見ると…。
見知らぬパンフレットがそこにはありました。
覗いてみると…
そこにはY○CAのパンフレット。
Y○CA?(-.-;)y-~~~
なんや?西城秀樹か?
と中身を見ていると。
芸大に行くためのパンフレットで画塾といわれる絵の学校でした。
すると、その晩
オカンが私を呼び出し
『あんたぁ、サッカー辞めたんなら、頼むけぇ別のやる事を見つけんさい。じゃないとろくな事せんのじゃけぇ、よく考えんさい。』
と話をされました。
デリオ『えーわ。たいぎぃ(めんどくさい)。』
と言いつつも、少し興味を持ってしまいました。
自分でいうのもおこがましいですが、私は昔から芸術的な事に関して得意でした。俳句や絵や書道では賞をもらっていたし。音楽では、その才能を見いだされ中学校の三年間は指揮者をしていました。そのどれもが、先生方や周りの大人の人に絶賛されていました。
静物模写などは不得意でしたが、自由な課題を与えられるとかなり個性を発揮したみたいです。感性の人間だったんですね。
人としては未完成でしたけどね(笑)
ですから
オカンからその話を聞いた時は少し興味があったんです。後は、その時期に勝手に単車を買ってた事もあって親に少なからず、申し訳なさもあったんです。
その流れもあって
その画塾に行く事になりました。
今考えると画塾もよく自分を入れてくれたなって思います(笑)
どう考えても画塾の中では異質の存在でしたからね。
美術部の人達って
華で例えると野菊のようなタンポポのようなふんわりした人達が多いんです。
そこに僕のような食虫植物が入ったわけです。
最初、先生に挨拶にいった時も先生が『やれやれ…。』といった顔をしてたのを覚えています。
ただ、救いだったのが、私好みのギャルちゃんもいたんです(笑)
それが決め手となり、見事入塾しました。
しかし今振り返るとあん時は忙しかったな。ちょうどノストラダムスの予言の年!
高校二年生の夏頃だったと思います。その頃はバイトで貯めた金で買った念願の単車があったんで、もう遊びに夢中でした。
高校生で単車なんかのってるとモテたんですよね(笑)1日2回とコンパなんかしてね。
うちの周りは個性の固まりだったんで、日本車もいれば、アメリカンもいて。
ただ私は昔から人とかぶるのが嫌でヤマハのSRに乗ってました。
実は漫画の【ぶっこみの拓】が好きで、そん中に出てくる天羽君に憧れてたんです。ルシファーズハンマーに(笑)
セパハンにシングルシートでみたいな。
業界用語分かんないですよね。
とにかく毎日単車に乗ってましたね。学校に行くのも単車で。昼過ぎに学校行って、終わって、八丁堀の方まで絵を習いに行く。
基本的には彼女に会いに行くみたいな(笑)
しかも、女の子に『絵の学校行ってんだよ!』って調子良さげに言ってましたね。完全にドヤ顔です(笑)
それだけでも忙しいのに
更に私は習い事もしていました。
土曜日の夜に集会をする習い事(笑)
はい…。すんません完全に社会不適合者でした。
この頃は何かにつけてイキガッテましたね。引っ越しのバイトもやってたんで力には自信があったし。
今は餓鬼みたいな身体ですけど(笑)
まぁまぁでしょ?笑
その頃は楽しかったです。毎日がドンチャン騒ぎ。
色んな奴とも知り合って騒ぎまくってました。
一番の思い出は広島の三大祭りの一つ『とおかさん』ですね。
歩行者天国に円陣くんで陣取って粋がるみたいな(笑)
この時は髪型かなり、気合い入れたな。
みんな皮のライダースに鋲とかつけたりして、
髪型も両サイド刈って、完全なるモヒカン。
まるで、北斗の拳の雑魚キャラのような…。
あの髪型って大変なんですよ。
ジェルでは間に合わんから、後輩に洗濯ノリを買ってこさせて、それでガチガチに固めてました(笑)
ただ、私の髪型は少し間抜けでした。
友達にバリカンで両サイド刈ってもらう予定だったんですが、
何を勘違いしたのか友達が後ろを刈りまして…。
完全なるコボチャンカットになってしまいました(笑)
そん時はムカつきましたけど、今となってはええ思い出です(笑)
この頃が一番馬鹿だったな。何回も親に迷惑かけました。(両親ごめんなさい)
そんなこんなで順風満帆な生活?を送ってましたが
ついに天罰が下ります…。
その話は次回へ
そういえばこの頃の写真
全然ないな。。。もっと撮っておけば良かった。
さて、次回は
■第十二章~九死に一生。神様は何故俺を生かしたのか?~高校三年編
です。
今回も最後までお付き合い頂きありがとうございます。
こんな自伝を読んでくれるのも読者様のおかげです。
m(_ _)m

