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日々楽々

仕事も大事、家族も大事。
でも、仕事と家の行き来だけじゃ嫌。日々どうやって楽しく過ごすかなと。
そんな中、うつ病発症!こんな俺でもなるんだね。

この間、久々に池袋のHMVに行ったのだが、時代の流れだから仕方ないが、以前はメトロポリタン(あっ今はルミネか…)の6Fフロアを占拠していたに等しいHMVが本当におまけのようにしか存在していない。
並んでいるCDよりも、アーティスト名のケースのほうがいいのではないかと思う程の品揃えの悪さ。
まぁガッカリですよ。

ちょっとWikiで調べてもこんな状況。

調べれば調べるだけCDが売れていないのがわかる。
日本レコード教会のデータを調べると、こんな感じ。

音楽ソフト種類別生産数量の推移

 年度  数量(千枚・巻) 金額(百万)
1985  213,804   281,337
1990  290,494   387,770
1995  465,515   574,031
1998  480,177   607,494(ピーク)
2000  433,140   539,816
2005  353,219   422,210
2010  256,354   283,612

単純にこの表だけ見ると、2010年と1985年がほぼ変わらない。
13年かけて作った市場が15年かけて元に戻った?
こんだけ市場縮小するってのも凄い。
これじゃ、CDショップが亡くなるのも無理はないか。


おごれる者も久しからず、盛者必衰の理をあらわす。


まさに平家物語の気分。


でもでも、それでいいのか?
音楽ビジネスってもう廃れてしまったのか???

最近CDショップで良く見かけるプロモーションいくつか。
1.紙ジャケ(デジタルリマスター)
2.5枚セットで2,000円
3.SHM-CDにして音質向上
4.初回DVD付き
5.ポイント○○倍


はっきりいって、触手が伸びません。
消費者の志向とメーカーの思惑がどうも合ってない気がする。
CDが売れないから余計に守り入っちゃってないかなと。

かつて、HMVが出来たとき、本当に感動したんだ。
今まで、CDを視聴したくても視聴できないレコード屋ばっかりのところに、『はい、これ聞いてみてよ!』って感じのプロモーション。
もうこれに何度騙されたかって(笑)

あと、ジャケ買い。
なんとなくこのアルバムジャケットいいから買ってみようみたいな。

かつてのCDショップって、ちょっとしたエンターテイメントの場所だったはず。
かつての楽しい売り場を作ってくれないかい?
掘り出し物を探り出した時のなんともいえない光悦感。
そんな売り場を演出してほしいね。

i tunesに取られてるって言ったて、200円/曲ですよ。
10曲ダウンロードしたら2,000円でっせ。
CDってジャケット付けていくらよ?
むしろ安いくらいじゃないの?

若年層が買うのはそういうのじゃなくって流行だけだから。
でも流行だけだったらオンラインショップで買っちゃうよ。

視聴もYoutubeとかあるし…
じゃ、店内でもオススメYoutubeかければいいじゃん。

むしろ、CD購入する人って意外と中高年が多いんじゃない?
やっぱりCDのジャケット見たいんだよって言う人結構いると思う。
それに情報弱者って中高年の方が多い気がする。
だから、中高年が足を運びやすい、そして、運んでも楽しい売り場を作ってくれないかな?

上のプロモーションでも、この2つはそのキーになる気がする。
1.紙ジャケ(デジタルリマスター)
2.5枚セットで2,000円


手の込んだ紙ジャケを見ると、苦労が偲ばれる。
特にオリジナルを忠実に表現したものとかね。
そのよさって、やっぱり歳を取らないとわからないと思う。
店内で、これが視聴できたり、見たりできたりしたらいいなと本当に思う。
『これ名盤だから買ってみよう』と思う世代をターゲットにしたらどうかなと思う訳です。

また、5枚セット2,000円みたいな廉価版企画はいい。
変にデジタルリマスターとかしなくていいから、単純に昔カセットやレコードで聴いていたものの取り替え需要が取り込めればいいんじゃないかな。
今は、きまったアーティストの初期5作品とかしか選べないけど、これがもうちょっと選択肢を増やして、任意の5枚のアルバム2,000円とかだったら売れると思うんだけど。

まぁとにかく、CDショップはエンターテイメントってことをプロモーションの基軸においてほしいわけで、来て楽しかったを感じるお店にしてほしいのだ。

どうでもいいけど、このおバカ大好きです↓
今年の梅雨の時期、通勤途中に大きな水たまりがあるのに気付かず、ボチャんと入ってしまって以来、我が革靴には、大きなシミが残ってしまった。

あれから数ヶ月、いくら汚れ落としクリームで磨いてみても、全くそのシミは落ちなかった
仕方なく、新しい靴でも買おうかと思っていた汗

そんなとき、こちらのサイトに出会う。

こちらに、なんと革靴を水洗いというエピソードが書かれていた。

< 「英国製のクリームを使ったら、靴の先が白っぽくなり、ニキビのようなブツブツがいっぱい出来てしま った」。
< ある男性消費者から電話が入った。デパートで高級靴を買った時、クリームの最高品だと言われたものをいっし ょに購入。この靴専用のクリームとして、大事にはいていたというのである。
(中略)
< 持ち帰って、ニキビの実態の研究に取りかかった。“塩吹き”を前提にして。どうやって塩を抜くか。ま ず、片足は前号で紹介したサドルソープで洗ってみる。まずまずの戦果でありました。
< もう片足はどうしたか。これを私は過激にもバケツの中に突っ込んだのです。そのヒントは、漬物の塩抜き。30分ほど放置して引き上げてみると、何と半分以上消えている。喜んでさらに30分。水を思い切り吸った靴は重いものです。 しかし、60分の入浴で塩はおろか、ニキビもすっかり消えていた。皮が乾かない前に最終の仕上げ。サドルソープで軽く洗い、キー パーを入れて寝かせる。
< 見違えるようにきれいになった靴を前に、監査役氏は大喜び。いい気分でした。
< さて、ここで塩吹き対策をまとめておこう。

(1)まず、汚れがひどくなったらサドルソープで時々洗う。これは予防策。
(2)重症の塩吹きはバケツへ直行。

< 水は決して皮革の天敵ではないということです。恐れずに利用して塩吹き退治を。実際に試してみると細 かいニュアンスもつかめ“当店のノウハウ”になります。


マジで???

どうせ買い替えるならということで、試しにバケツに入れてみました。

水に入れた後、型がくずれないようにシューキーパーで成形を保たせ、3日後。

なんと、染みが見事に減っているではないか!!

beforenの画像がないので、説得力に欠けるが、今まで染みとはっきり分かった物が、見た目にはほぼわからなくなった!!
一見普通そうにみえる↓
日々楽々-くつ

染みがあったところのアップ↓
日々楽々-アップ

アップにするとわかるが、今までは遠目にも明らかな染みとわかるその姿がなくなっている!

染みがついてしまった革靴。
ぜひ水洗いオススメします!

革靴って奥が深いな…。
今日は小学1年の長男の音楽発表会音譜

私、音楽好きなのに全く楽器ができない。
さらにリズム感もない。
はては、カラオケも下手。
ときたもんで、音楽に関しては、ちょっとしたコンプレックスを持ってたりするガーン

そんなわけで、もうちっとは音楽的素養を子供達は持ってほしいなという事で、二人とも近所のピアノ教室に通わせている
幸いにして、二人ともピアノ嫌いじゃないらしく、毎日ちょっとだが練習しているようだ。
まぁ上手いか下手かはよくわからないのだが(笑)

そんな多少ピアノ弾けるであろう長男が、小学校の音楽発表会に出るというので、見に行ってきた目

発表会は体育館で行われるのだが、その前に長男の教室を通り過ぎると、壁に絵が飾ってあった。
日々楽々-教室

長男の絵を探すとあった!
日々楽々-長男の絵

どこかに遊びに行った時らしいが、いまいち何の絵かわからんな。

体育館に入ると、発表会の準備ができていた。
日々楽々-音楽発表会前

てっきりクラスごとに発表をするのかと思ったら、学年ごとに発表をするらしい。
最初が3年生、続いて1年生、5年生、ここでいったん休憩で、残りの学年が行う。

まずは、始まりは3年生。
どんなことするのかなと思っていると、『笛』が入って合奏音譜
意外と(といっては失礼だが…)上手に出来ていて、その一生懸命な姿にちょっと感動してしまい、我が子ではないのに早くも涙目になる私汗
家人からは、『まだ早い』と嗜められる(笑)

つづいて、我が子を含む小学1年生。
こんな感じ。
日々楽々-発表会

長男は多少ピアノができるからということで、一番多いピアニカ(メロディオン!?)だった。

きっと涙目になるんだろうな…って思っていたのは最初だけ。
だんだん恥ずかしくなってくる私ショック!

元々誰に似たのか、全く落ち着きのない子供ではあったが、よりによって、合奏中にいきなり後列の同級生とジャレ始めたショック!
親の教育がなってないんですな。反省あせる
合奏のあと、「マルマルモリモリ」を歌うのだが、その時もまたじゃれ合ってるし…
わかっちゃいたけど、この落ち着きのなさはなんだ???

そんな長男をよそに、長女と幼稚園の同級生の子は、「マルマルモリモリ」の歌に合わせて踊り始る。
運動会で踊った「マルマルモリモリ」の歌だったので、踊りをまだ覚えていたらしく、二人揃ってシンクロしている姿は、そんな失望中の私を癒してくれました(笑)
日々楽々-踊る

こうして、長男の晴れ舞台は見事に終わったハートブレイク

がっかりしていると、5年生の演奏が始り、なんとが合奏したのは『パイレーツ・オブ・カリビアンのテーマ』。
これが上手にできていて、オトーさんまた感動して涙です汗
喜怒哀楽激しいです。


音楽発表会の後、工作で作った物が展示してあるというので、見に行く。
テーマは動物園。
色々な廃材で作ってあるが、上手にできてます。
日々楽々-工作

長男の作品。
壊れかけのキリンだそうです。
日々楽々-長男の工作


こうして親としては非常に困惑する音楽発表会が終わった。


はずだった。
また更に続きがあった。

授業を終えた長男が学校から帰って来ると、なんと先生からの連絡あり叫び

そこにはこう記されてました。
「みんなで作った動物園を何人かで蹴って壊してしまいました。そのことで、きつく注意しました。
壊されたしまった生徒には、ちゃんと謝りましたが、この事をお伝えしたく連絡させていただきました。」


これを見た私。
音楽発表会の姿と重なり、怒り心頭プンプン
もちろんいつも注意してますが、全く効果なし。
子供の躾は難しいですダウン
以前は、「神田で欧風カレー」というとガヴィアルだった。
そのガヴィアルが数年前に移転してしまい、残念に思っていたしょぼん
それに、共栄堂もなくなってしまったしょぼん
カレー好きには辛い街となってしまったダウン
残るは葡萄舍くらいか…。

そんなことを思いつつ、久々の大ヒット。
ここはガヴィアル以上だと思う。

オムレツが有名で、オムレツは食べた事があった。
でも、カレーは初めてだった。

上司においしいカレーの店があるから行ってみようということで、お邪魔した。
そんなわけで、上司を前にカメラを構える勇気はないので、写真はないのだが。
上司オススメのメンチカツカレーは残念ながら終わってしまっていたので、ハンバーグカレーを注文する。

ほどなくして、ハンバーグカレーが運ばれてきた。

カレーを一口食べると、欧風カレーの香りじゃない。
なんともいえないスパイスの香りが口一杯に広がる。
カレーのコクもある。
相当、じっくり煮込んでいるのだろう。
そして、次に辛さがバーっとやってくる。

おぉぉぉ~うまい^^/

さらにハンバーグも頂く。

これもひき肉がぎっしりと詰まった本当においしいハンバーグだ!
ジューシーといって油ギトギトのハンバーグなんかではない。
肉・肉・肉の嵐だ。

これは本当においしい。
あっという間に1皿ぺろりといってしまった。
欧風カレーの教科書みたいな一皿でした。

これで1,500円

サラリーマンにはちと辛い値段だが、この値段相応の味だ。

久々にびっくりするくらいおいしいカレーでした。

神田ルー・ド・メール
住所:東京都千代田区内神田2-14-3
電話番号:03-5298-4390
営業時間
平日  11:30~14:30 
    17:30~20:30(LO)
土曜日 11:30~14:30
    17:30~20:00(LO)
定休日:日曜日、祝日
全く持って自己満足なのだが、10月に東京十社巡りをした。
大人のスタンプラリーのようだが、各神社で貰った御朱印一覧をみてニンマリする自分あせる

ただ、廻りながら思った事3つ。

1.人は往々にして勝手である。

東京十社は、元々由緒ある神社で多くの参拝客がある。
そのいわれを調べてみると、かなり古い物がほとんどだ。
江戸なんて徳川が転封された1600年頃からのものしかないと思っていたが、全く違っていて、もっと古くの時代から脈々と培われてきたものが多い。
にもかかわらずだ。
白山神社や神田明神などは、その時々の将軍により移転している。
神田明神は、江戸城の裏鬼門を守るため(わからなくもない)。
白山神社は、本郷にあったものを小石川に移転、更に綱吉の館ができるので、現在地に移転。
その一方で、これらの神社は徳川家から厚く保護されていたりする。
皆、権力を手にすると、勝手な事しだすのね。


2.東京十社辺りが江戸の外れだった。

東京十社を見てみると、王子神社、白山神社、根津神社、神田神社、亀戸天神社、富岡八幡宮、芝大神宮、品川神社、日枝神社、氷川神社とある。
王子神社は、桜の名所飛鳥山公園の麓だからわかる。
根津神社は谷中生姜の産地、富岡八幡宮に至っては、埋め立て地。
芝大神宮はも生姜の産地、品川神社は東海道五十三次の最初の宿場町だ。
つまり、東京ではなく江戸はこの辺りから先が田舎だったんじゃないかと。
芝の生姜、白山のミョウガ、練馬の大根も、小松川の小松菜も田舎だからできたこと。
今となっては信じられないけど。


3.東京十社はとにもかくにも東京の太平を祈ったもの

東京十社の御朱印帳にこう記してある。

慶応三年十月、将軍徳川慶喜は大政を奉還しついに徳川幕府役三百年の終止符をうった。直後明治天皇は、同年十二月、王政復古を宣し江戸を東京と改め、慶応四年九月「明治」と改元され十月江戸城を皇居とし、新しき東京の出発が始ったのである。そのめまぐるしき変革の中に、明治天皇は、東京の鎮護と万民の安寧を祈るため、明治元年十一月八日、准勅祭神社として東京十社を定め、勅使をして御幣帛を捧げご祈祷されました。

そう、そうなのである。
上野戦争があったのが、慶応四年五月。
明治の世が出来たばかりの江戸は、ほぼ内戦状態だったことだろう。
世界の人口調査からみても、東京は1850年から1875年まで人口が変わっていないことからも、混乱状態が続いた事が予想される。
そんな状態の中、「明治」という時代が産まれる。
つまり、切なる思いで東京という街を守ってほしい(治安がよくなってほしい)というのが、大方の願いだったのではないか!?
そこで、天皇は異例とも言える准勅神社として東京十社を祀ったんじゃないかと思うと、ものすごく崇高ある物に感じる。
これからわずか約30年後には日清戦争、その10年後には日露戦争に進むわけで、当時の日本の変貌ぶりっていうのは、本当に奇跡だ。
だから、日露戦争で日本がロシアに勝つってのは、世界中に驚きを与えたんじゃないか!?
そんな歴史ロマンに浸るとちょっと感慨深い物があるなぁ。


御朱印
芝大神宮
日々楽々-記帳芝大神宮

品川神社
日々楽々-品川神社御朱印

王子神社
日々楽々-王子神社御朱印

日枝神社
日々楽々-御朱印(日枝神社)

氷川神社(赤坂)
日々楽々-御朱印(氷川神社)

白山神社
日々楽々-御朱印(白山神社)

根津神社
日々楽々-御朱印(根津神社)

富岡八幡宮
日々楽々-御朱印(富岡八幡宮)

亀戸天神社
日々楽々-御朱印(亀戸天神)

神田神社
日々楽々-御朱印(神田神社)