ボリビアはアンデス山脈が大部分を貫く山がちな地理だ。
一路ウユニ塩湖を目指す我々は、高山病対策の高知順応を行ったスクレの町を出発しようとしていた。
パラグアイで出会った日本人の5人。
全員が旅慣れはいたものの、高山病というリスクには全員が初めて直面する。
「水を飲んだほうがいい」、「高地では極力眠らないほうがいい」、「薬は、、、」
高知順応したとはいえ、これから乗るバスは標高4000メートルをゆうに超える道路を走る。
会話は終始高山病に関するものだった。
バスが来た。
日本でいうコミュニティバスのような小さなバスだ。
しかし悪くはない。床が何かで濡れていることを除けば、内装も南米では標準クラスだった。
荷物を荷棚に乗せ、我々は3時間のバスの旅が無事に終わることを祈りつつ、シートに体を預けた。
車窓を高原の景色が流れていく。
灌木すらない、草原だけの静かな世界。
高山病の症状も出ない。
安堵の時間が流れた。
やがて草原は姿を消し、赤土の岩肌が変わりに目立ち始めた。
中継地であるポトシの町に到着したようだ。
鉱山都市ポトシ。
赤土に擬態するかのように赤レンガの家屋が立ち並び、それらを見下ろすようにしてポトシ銀山が彼方にそびえている。
標高は5000メートルに近い。
世界最高峰の都市にやってきたこともあり、我々は町の景色に夢中になっていた。
バスターミナルに着いた。
高山病も大した症状は出ていない。
ターミナルにはwifiが飛んでいるらしい。乗り換えのバスが来るまでネットでもして時間をつぶそう。
そんなときだった。
はじめは「あれ??」と思った。
バスの揺れでもとあった場所から動いたか??
違う。
ない。
デイバックがない。
うそ。
俺が??
盗難??
これからウユニ塩湖、むちゃくちゃ楽しみにしてたウユニ塩湖やのに??
カード分散させてなかったから全部ないぞ??
いや何とかなるやろう。
すぐ見つかるはず。
まさか。
まさか。
頭の中がチリチリする。
鼓動が早くなる。
上に書いた順番通りに考えが浮かんできた。焦りと剣呑さが同時に出てくる。
すぐ乗客の荷物のチェックにかかった。
現地人のカバンを開けさせてもらう。
同じ人の持ち物を何度も確認する。
床に這ってどこかに転がってないかも確かめる。
後で気づいたことだが、このとき何かで指を切っていた。
しかし、ない。
パスポート、クレジット、キャッシュ、カメラ、ipad、国際学生証、国際免許証、US$200、ボリビア・アルゼンチンの通貨、携帯電話
全部なくなった。
「盗られる要素なんかあったか!?」
「ずっと起きてたし、すぐ上の荷棚や。なんかあったらすぐ気が付く。」
周りに対しての、自分に対しての言い訳だった。
無意識に自分は悪くないと言おうとしていた。
町の入口のガススタンドでバスは一回だけ停車した。
そこで現地人が何人か降りた。
そこだ。そこしかない。
まだ乗客がいるにもかかわらず、俺は運転手にガススタンドまで戻るように言った。正確には叫んだ。
叫んだそばから沸いてくる「なんだかんだで見つかる気がする」という楽観もとい現実逃避に自分自身イライラしながら、ガススタンドに戻るはずのないバスから飛び降り、一緒にいた日本人から貸してもらった現金で(盗られたカバンには現金のほとんどが入っていた。)タクシーに乗りこんだ。
冷静さはすでに消し飛んでいた。
小さな町だと思っていたポトシは無慈悲にその実際の大きさを見せつけてくる。
ガススタンドで降りた乗客たちは、みなすでにその中に消え去ってしまった後だった。
「私はカバンを盗まれました。」「黒色」「バス」「スクレ」
ガイドブックのフレーズだけを連呼する。
スペイン語しか通じない南米においてスペイン語を学ぼうとしなかった自分の怠慢を呪った。
小一時間探し、聞きまわったが、デイバックはおろか何の手がかりさえも出てくることはなかった。
何も残らなかった。
「全員が犯人かもしれない」という疑心暗鬼だけを残して、ツーリストポリスに連れて行ってくれるという現地人の車で俺は市街地に向かった。
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盗難ってこんな感じです。
浮かれてた時に来ます。
この後ツーリストポリスに行って事故証明もらって、カード止めて、親に連絡してって色々むちゃくちゃ大変でした。(時間あったらプロセス書こかな。)
何よりいろんな人に迷惑かけた。
特に一緒にいていろいろ助けてくれたトモさん、リュータさん、マナ、ケンちゃんにはホンマに感謝してもしきれません。
みなさんも旅する時はお気を付けください。